ユーリの故郷

7/13
293人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
 車は、海に面した高台を上っていく。  海を見るのは、母と西都に旅行にきた以来、二度目だ。あの時は寄せては返す波が不思議で、波打ち際でいつまでも波と追いかけあっこをしていた。  海を見るだけで、なんともいえないワクワク感が沸いてくるのだが、今はそれもない。成長したからではなく、このあとのことで頭がいっぱいだからだ。  俺とは違い、一切、車窓の外に視線を向けないユーリ。この街で育ったのだから、慣れ親しんだ海など珍しくないだけなのか、俺と同じでそんな余裕もないのか。徐々に眉間の皺が深くなってきているようなので、後者なのだろう。  高台に立つ大きな総合病院の前までくると、ハンドルを握ったユーリが駐車場に車を止めた。 「今は八時か。もう見舞いに行っても大丈夫なのか?」 「特別室にいるそうだから、何時でも大丈夫だそうだよ」  質問に答えてくれたユーリが、迷いを断ち切るように息を吐く。 「ダイくん、行こうか」  強い信念を感じさせる眼差しになったユーリが、車を降りる。俺も心を決めて頷き、そのあとに続く。  気が逸っているのか、ユーリの歩くスピードは異様に早い。それは仕方のないことなので、なにも言わずに必死であとを追う。  病院の裏手に回ったユーリは、重厚な鉄の扉の前で止まった。そして、扉の脇にあるパネルを操作しだした。恐らく、親父さんの入院の連絡がきた時に、扉を開けるパスワードも聞いていたのだろう。  扉が横にスライドしたので、中に入っていく。白い廊下を五歩ほど進んだ先に、エレベーターの扉があった。ユーリが、こちらも脇にあるパネルを操作すると、エレベーターの扉が静かに開いた。そこに乗り込み、親父さんの病室に向かう。  このエレベーターの行き着く先は、天国なのか地獄なのか。ユーリ自身はどららを望んでいるのだろうと、ちらりと隣を見る。  まっすぐに扉を見つめている瞳には、一点の曇りもない。どんな結果が待ち受けていようと、ユーリが進む先には希望に満ち溢れた未来が待っているのだろう。  底辺の最下位種なのだから仕方ないと、すぐに諦めて世間のせいにしてしまう俺とは違い、ユーリは強い。最上位種なのに、酷い仕打ちを、それも身内からされたのに、自分の力で希望を見つけて輝いている。そんなユーリだからこそ、この扉の先には天国が待っていて欲しいと切に願う。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!