293人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
「んぐー」
ベッドから呻き声がしたので、三人の目がそこに向く。
「あなた、ユーリがきてくれましたよ」
女性が嬉しそうに、ベッドの上の男性に声を掛ける。
母親からは拒絶されなかったが、父親の方は分からない。嫁いできた母親とは違い、自分達が頂点だと信じて疑っていない家系で育った父親だ。ユーリもそう考えているのか、再び緊張を纏いはじめた。
「んぐ」
「そう、嬉しいのね」
男性の声にならない声を理解した様子の女性が、うんうんと頷く。
「お母さん、その……お父さんの具合は?」
父親の様子に疑問を抱いたのだろうユーリが、おずおずと訊ねる。
「右半身が麻痺してしまって言葉もうまく喋れないけれど、命の危険はないそうよ」
穏やかに症状を教えてくれる女性。命の危険はないといってもこの症状ならば、男性はもちろん、介護する女性の負担も相当大きいだろう。ユーリもそう思ったのか、悲痛な表情を浮かべている。
「そんな顔をしないの。これからは夫婦でゆっくり、ユーリの活躍を眺めて暮らすから大丈夫よ」
「え……」
モデルになることを反対していた両親が、自分の活躍を眺めるとはどういうことだろう。そう考えていると分かる表情のユーリに、女性が一台のタブレットを手渡した。
「これは?」
「お父さんの、ユーリ専用タブレットよ」
信じられないといった様子で、タブレットを操作しだすユーリ。俺もユーリの隣に移動し、それを覗く。そこには、ユーリがデビューしてから今現在までの画像や映像が、びっしりと収まっていた。
「生き生きしているユーリの姿を見て、ふたりで反省したの。ユーリが俯いてばかりいたのは、私達のせいだったんだってね。よかれと思ってやっていたことが、ユーリには重荷になっていたんだってことに気づいたの。ユーリ、息苦しい思いをさせていて、ごめんなさいね」
父親の纏めた自分の姿を見ているユーリに、ポロポロと涙を流しながら謝る女性。そんな母子を見上げている男性の目尻からも、一筋の涙が流れた。
「お父さん、お母さん……。僕、モデルを続けてもいいの?」
「えぇ。ユーリの活躍をコレクションするのが、お父さんの生き甲斐なんだから」
そうですよね、と同意を求めてくる女性に対して、男性は力強く頷いた。込み上げてくるものを堪えるように唇を噛んだユーリが、両親に深々と頭を垂れる。
扉の先にあったのは、天国だったようだ。
最初のコメントを投稿しよう!