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「僕は、ダイくんを、ただの家政夫だなんて思っていないよ。心を許せる人とじゃないと、一緒に住めないからね」
まっすぐに俺を見つけて告げてくるユーリの瞳は、微塵の偽りも感じさせないくらい澄んでいる。悠々と広がる海と、その上に果てしなく広がる空と同じように。
ユーリが俺を家政夫に選んだのは、無意識のうちに互いの境遇を感じ取っていたのかもしれない。
家族に纏わるトラウマ、耳の色に関する苦悩。友達を持ったことのない者同士だから、自然と引き寄せられていったのだろう。
「俺なんかで、いいのか?」
「うん。ダイくんだからいいんだよ」
そう言って穏やかに笑ったユーリが、ドリンクを口にする。ゴクゴクと上下する喉仏が、妙にいらやしく見えてしまう。
ふいに、同性に抱いて欲しいと願っていると告げてきた時のユーリの艶やかな顔が、脳裏を過る。慌ててそれを打ち消し、残りのポテトを口いっぱいに頬張る。
ユーリの家に住み始めてから、自分を慰めていない。雇い主の家を欲望で汚してしまうようで、申し訳なくてできなかったのだ。生理現象を無理矢理抑え込んでいた弊害が、変な方向に出始めているのだろう。明日、ユーリのいない間に、ささっと済ませてしまおう。
ドリンクでポテトを流し込み、母との温かな思い出が残る海を眺める。
「ダイくん、海が好きなの?」
「好きなのかは分からないけど、見るのが二回目だから、珍しくて眺めてしまうんだ」
そうなんだ、と呟いたユーリが、俺と同じように水平線を眺める。生まれた時から海が側にあったユーリには、分からない感覚なのだろうか。
暫く静かに海を眺めていたが、冷たいを潮風を浴び続けた体が冷えてきた。時計を見ると、一時間ほどここにいることを知らせてきた。そろそろ帰らないと、ユーリの明日の仕事に影響がでかねない。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
ふたり連れ立って、店を出る。ユーリは、こんな風に店から出てくる同級生を見て、いつかは自分も同じことをしてみたいと思っていたのだろう。
「ユーリ、満足したか?」
「うん。ダイくんと一緒に来れて、本当に嬉しかった。ありがとう」
「俺なんかでそんなに喜んでくれるなんて照れ臭いけど、嬉しいもんだな」
ユーリの笑顔が感染したように、俺の頬も弛んでいく。
車に乗り込み、ユーリの故郷をあとにした。
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