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12・あとがき
十月の半ば、奈良の土岐家は婚礼の準備に追われている。
「爺、僕がお祖父ちゃんに為ると決まった上での、錬三郎の祝言だよ」
郁也はウルウルと、感激の涙を浮かべている。
晃子は大和路の山荘で過ごした錬三郎との夜の後で、月の障りが止まった。
只今、妊娠二か月半。
郁也の仕掛けた罠に、まんまとハマった晃子と錬三郎。
座敷で待つ婚礼衣装を身にまとった錬三郎の許へ、白無垢に綿帽子の晃子が芙美子に手を取られて入って来ると、花嫁の席に着いた。
白無垢には、白椿の縫い取りが美しく施されて、“おこう”の生まれ変わりの娘を錬三郎が妻に迎える、と言う噂に拍車をかけている。
勿論、此れも郁也の策略。
「此れだけ、世間に認知された婚礼なのだ!逃げる余地は無い」、と。二人に覚悟させる為に、あの手この手を施した郁也である。
「郁也様、上出来で御座います」
爺が多いに褒めてくれた。
晃子と錬三郎が、やっと二人きりの新婚の初夜を迎えて居る頃、土岐家の仏間ではひと騒動が起きていた。
六代目・錬三郎の位牌が、“おこう”の位牌に迫っている。
「その様にきつう抱かれましては、痛う御座います」
「久し振りなのだ。我慢せい」 「ああ、愛しい“おこう”」
遂に我慢しきれずに、仏壇から逃げ出した“おこう”を追って、勢い良く六代目・錬三郎の位牌がダイブ!
「捕まえたゾ。ほんに久し振りなのだ、大人しくいたせ」
「“おこう”」
「あぁ…旦那様」
呆れ果てた歴代のご先祖の位牌が、其々に目と耳を閉ざして、秋の夜長が更けていく。
翌朝、爺が仏間の異変に気付いて、独り言を呟いた。
「昨夜は気付かなかったが、夜中に地震でも在ったのだろうか?」
六代目・錬三郎の位牌と、“おこう”の位牌を拾い上げ、並べて仏壇に戻した爺。
白椿の花を供え、位牌に手を合わせると、静かに仏間の戸を閉めて立ち去って行った。
・第二話の完・
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