第二話  白椿よ、永遠に!

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 ・はじめに・  「とうとう秀吉の天下か」  「あの禿ネズミめが、信長様の跡を取って天下人に為るなどとは・・・」  平山喜左衛門は遂に、武士を捨てる覚悟をした。  美濃の国の斎藤家に遣えていた男は、斎藤道三の娘・帰蝶の嫁入りに付き従って、尾張の織田家に入った。  「以来三十五年の歳月を、帰蝶様を守って過ごしてきた。だが、織田家はもう無い」  寂しい独り言が、厳つい顔をした初老の男の口から洩れる。  傍に従う若者も、琵琶湖の夕陽に染まる父の顔を見て、溜息をついた。  「やはり父上は、材木商の奈良屋殿の申し出を、受けられる御積もりか」  「そうだ。此れからは金の時代がきっと来る。ワシも其方も換算は得意よ。これを活かして、此の後の世に力ある者として、再び立とうと思う」  親子を招へいした奈良屋は、その名の通り奈良に店を構える、中堅どころの材木商だった。  安土城の築城のおり、野党に襲われていた奈良屋を助けたのが縁で、ずっと付き合いが続いている。  奈良屋には跡取りが居ない。  息子に三人も恵まれ乍ら、子供達は次々と早世し、今では年老いた夫婦二人で暮らしている。  隠棲すると決めた奈良屋は、お店を譲る相手を探していた。  「お買いに為られるのか」  「商人となるを、其方は厭うてか」  「そうかも知れぬな。あの儘、信長様が生きておわせば、其方は近習であった。帰蝶様も、推挙したいと仰せ下さって居られたからの」  喜左衛門は安土の方角に向かって、手を合わせる。  「そうでは御座いませぬ。私は武士を、先の無い商売と心得ます」  「フム、変った事を言う」  二人はカラカラと笑って、岐阜の方角を仰ぎ見た。  「錬三郎。これが我らと斎藤家との、永の別れぞ」  「覚悟はよいな」  「はい、父上」  親子は明日を切り拓く為に、新たな闘いの地・奈良へと旅立っていった。
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