第二話  白椿よ、永遠に!

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 1・(跡取りの錬三郎様)  「これが我が土岐家の、始まりで御座います。ご当主様には、此のお名前に相応しい行いをと、爺は願っております」  さっきから重々しく説教を垂れているこの爺は、俺が産まれた時から土岐の家に居る。  ずっと土岐家の雑事を全て握っていて、誰も逆らえない使用人。  耳に胼胝が出来るくらい、散々聞かされて育った。  其れと言うのも。物好きな父が、俺に“錬三郎”何て言う名前を付けた所為だ。  「このお方が居られたから、今の土岐家が在るのですゾ」 (嘘を付け。本当の姓は・平山だったのを、勝手に美濃の国の名門・土岐家の名を騙った癖に)  口には出さないが、心の中で反論した。  何故に今日はこんな早朝から、この爺ィが説教を垂れているのか。  それは昨日、大阪の叔父が縁談話を持って来たからに他ならない。大阪の叔父というのは、口入れ稼業を商売にして居る気合の入った極道だ。 (名門・土岐家の叔父が何故極道なのか?)  それは俺の父の妹、平たく言えば俺の叔母がこの極道の“男っぷり”に惚れて、いきなり駆け落ちしたからだ。 (当時は大変なスキャンダルだったらしい)  この頃ではスッカリ初老のオジサンだが、遊びの方は相変わらずお盛んで、極道の姐に為った叔母の顔色を窺いながらも、芸者を密かに囲ったりして居る強者。俺の遊びを止めさせる為に、叔母がこの叔父を焚きつけて持って来させた縁談だけに、土岐家としても無視しかねる処らしい。  だがそんな事情など、俺の知った事では無い。  「如何して、二週間後の土岐グループの創立記念パーティーにまで、この女が来るんだ?」  「サッサと、断ってこい」  「錬三郎様、平田組の顔を潰す事はお辞め下さい。大正の昔、破産仕掛けた土岐家を救って下さったお家ですゾ」 (だから何だと言うんだ。そんなカビの生えた話は聞き飽きた)  また心の中で反論しつつ、笑顔を作って言ってやった。  「その恩もな!叔母の駆け落ちで、チャラだ」  「この話は、これで終わりだ」  サッサと朝食の席を立ち、奈良の街外れにある別荘に出掛けた。  明日はここで、亡き母の供養に薪能が催される。
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