611人が本棚に入れています
本棚に追加
/644ページ
1・(跡取りの錬三郎様)
「これが我が土岐家の、始まりで御座います。ご当主様には、此のお名前に相応しい行いをと、爺は願っております」
さっきから重々しく説教を垂れているこの爺は、俺が産まれた時から土岐の家に居る。
ずっと土岐家の雑事を全て握っていて、誰も逆らえない使用人。
耳に胼胝が出来るくらい、散々聞かされて育った。
其れと言うのも。物好きな父が、俺に“錬三郎”何て言う名前を付けた所為だ。
「このお方が居られたから、今の土岐家が在るのですゾ」
(嘘を付け。本当の姓は・平山だったのを、勝手に美濃の国の名門・土岐家の名を騙った癖に)
口には出さないが、心の中で反論した。
何故に今日はこんな早朝から、この爺ィが説教を垂れているのか。
それは昨日、大阪の叔父が縁談話を持って来たからに他ならない。大阪の叔父というのは、口入れ稼業を商売にして居る気合の入った極道だ。
(名門・土岐家の叔父が何故極道なのか?)
それは俺の父の妹、平たく言えば俺の叔母がこの極道の“男っぷり”に惚れて、いきなり駆け落ちしたからだ。
(当時は大変なスキャンダルだったらしい)
この頃ではスッカリ初老のオジサンだが、遊びの方は相変わらずお盛んで、極道の姐に為った叔母の顔色を窺いながらも、芸者を密かに囲ったりして居る強者。俺の遊びを止めさせる為に、叔母がこの叔父を焚きつけて持って来させた縁談だけに、土岐家としても無視しかねる処らしい。
だがそんな事情など、俺の知った事では無い。
「如何して、二週間後の土岐グループの創立記念パーティーにまで、この女が来るんだ?」
「サッサと、断ってこい」
「錬三郎様、平田組の顔を潰す事はお辞め下さい。大正の昔、破産仕掛けた土岐家を救って下さったお家ですゾ」
(だから何だと言うんだ。そんなカビの生えた話は聞き飽きた)
また心の中で反論しつつ、笑顔を作って言ってやった。
「その恩もな!叔母の駆け落ちで、チャラだ」
「この話は、これで終わりだ」
サッサと朝食の席を立ち、奈良の街外れにある別荘に出掛けた。
明日はここで、亡き母の供養に薪能が催される。
最初のコメントを投稿しよう!