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「お湯の底を手で探って、泥をすくい上げてみた。そしたら、小さくて白い、棒状の欠片が見つかった。つまんでみると、ずいぶん軽い。石じゃない。木の破片でもない。こんなもの、アレ以外に考えられない」
「ちょっと、ちょっと! 不気味な言い方しちゃって!」
「東谷さんは、もっと底を探ってみたんだ。丸い岩みたいなものに手が触れて、水面から上げてみた。それは・・・」
頭蓋骨だった。二つの丸い眼窩、逆さハート型の鼻腔、せり出た上顎骨には、数本の歯が残っていた。
「何だよそれ! 急カーブで怖い話に変わったじゃん!」
「頭蓋骨は小さかったんだ。たぶん、これは猿の頭蓋骨。温泉で溺れ死んだ、猿の骨」
温泉が気持ちよすぎて眠り込み、そのまま溺れてしまった猿。
死んだ猿は、誰に助けられることもなく、ただ湯に浮かぶ。
源泉温度は、東谷さんが歯をくいしばって入らなければならないほど熱い。
猿の死体は、煮込まれ、次第に溶けていく。
あたかも、シチューのように。
「そのお湯には、猿が溶けてたんだよ。猿風呂ってのは、猿が入りに来る風呂じゃなくて、猿が溶けた風呂だったんだ」
白濁してヌメリのあるお湯。
東谷さんが感じた味は、猿の体液だったのかもしれない。
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