プロローグ

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 竜胆翔馬は、廊下を進みながらスマホを耳に当てた。留守番電話サービスに録音された音声が再生される。 『あ、竜胆? 午後の合同訓練だけど、僕の教え子が二人、体調崩しちゃってさ。ちょっと内容と編成を考え直したいから、支部長の話が済んだら、すぐに中央のラウンジに来て。道草食ったら、昼おごりだからね!』  最も付き合いの長い同期であり、教官仲間でもある児玉寧々だ。中学生にしか見えない彼女の、無駄に偉そうな笑みが目に浮かぶ。思わず苦笑してしまうが、スマホをポケットにしまう頃には、元の険しい顔に戻っていた。丁寧にセットされた茶髪と、ブランドものの色つき眼鏡に似合わない眼光である。  幸いというべきか、すれ違う人はいない。誰もが朝食を終え、任務や訓練など、各々の仕事に向かった後だからだ。 「失礼します」  挨拶しながら踏み入ったのは、技術開発部の小会議室だ。テーブルが一つと、椅子が四つ、そしてキャスター付きのホワイトボードが一つ置いてあるだけの、狭い部屋である。故に、すでに腰を下ろして待っていた男性の大きさが、否が応でも強調されてしまっていた。 「悪いわねェ、竜胆くん。訓練の前なのに」  対鬼庁函館支部の長を務める、久留島高道だ。黄色のレディーススーツとピンクの口紅、盛りに盛ったマスカラで武装した彼の出で立ちは、今日も非常に派手で、目立っていた。主に悪い意味で。 「早めにお願いしますよ? さっき児玉直々に、遅れたら昼飯をおごらせる、って宣言されたんで」 「あら。女の子とじゃれ合う絶好のチャンスじゃない」 「請求書片手に迫ってくる輩は、俺ん中じゃ女の子に含まれません」  挨拶代わりとばかりに軽口の応酬を繰り広げつつ、席につく。会議室の椅子は嫌いではない。訓練室のそれのような硬さがないからだ。  対する支部長は、唇を朗らかに緩めたまま、 「あの子たち、最近どう? チームを組ませて、もうすぐ一ヶ月だけど」 「ん……ああ、咲人たちですか」  竜胆の確認に、支部長はゆっくり頷いた。わざとらしく難しい顔で唸りながら、何度かオペレータールームに同席した経験を振り返る。
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