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「どんな時でも少々の誤差は生じるものだけど、何故かこの便だけ、輸送前後の差が大きいわ。使った燃料や乗組員の分を考慮しても、まだ一トン近い誤差があるのよォ。食料品も一部なくなってたみたい」
「……まさかとは思いますけど、この便に鬼が潜り込んでた、とか言うつもりですか?」
「蝦夷地の外縁は二十四時間、巡視船とドローンで監視しているわ。外界、それも関東地方まで逃げ延びる方法なんて、船を乗り継ぐ以外にないでしょ。大湊から東京へ向かう船の記録も見たけど、一つだけ、似たような誤差のある便があったし」
「ぶっ飛んだ考え方は支部長らしいですけど、これはさすがに飛びすぎですよ」
竜胆は両手を肩の高さに上げ、一笑に付した。
「初島に渡った番いは、変異もしてない通常個体だ。知能があっても発想力はない鬼に、そんなことできるわけが」
「何であなたに話してるか、分からないようなお馬鹿さんじゃないわよねェ?」
ぴり、と空気が張り詰める。
口をつぐむ竜胆に、支部長が向ける顔は険しい。否、相変わらずの微笑みの中で、目だけが毛ほども笑っていないのだ。こちらを射抜くような眼差しを見て、最近買ったパンダのストラップを自慢するような人物だと見抜ける人は、この世に一人もいないだろう。
逃走もごまかしも許さない眼光に、ため息をついて応じる。
「……人型、ですか」
観念した、と言外に伝える竜胆に、支部長は大きく頷いた。
「そもそも、普通の鬼が蝦夷地の外に出る決心をしたことがあり得ないのよ。こんな気まぐれな実験じみたこと、ヤツらが手引きしたと考える方が自然だわ」
「六年前の作戦で、ほとんど討伐したと思いましたけどね」
「ほとんど、ね。生き残った個体がいれば、あれから新たに生まれた個体もいる。あるいは、あの作戦で確認できなかった個体もいたかもしれない。いずれにせよ、人型の脅威が消えたなんて幻想、少なくともあなたは持つべきじゃないんじゃないかしら」
言葉を切った大男は、いかめしい顔面から笑みを排除する。
「何せあなたは、ウチでも数少ない……人型と交戦して生き残った戦闘員なんだから」
「…………」
「仮説にするにも根拠が薄いから、まだ公表はしないけど、心構えはしておいて」
軽い調子で言うのと同時に、部屋の空気が弛緩した。支部長はファイルを閉じると、それまでの真剣な顔が嘘だったかのように破顔する。
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