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……疲労で霞んだ視界が捉えたのは、「何かを叫びたいんだけど、肝心のソレが出てこないーっ!」という長文を顔に書いた、見知らぬ少年だった。
その指の指す先は、明らかに俺である。
「―――――義政っ! そうだ! 義政だ!」
解放された大声に、頭痛が激化した。
(俺の名はいつから見知らぬ少年に連呼されるまでメジャーになったんだ……)
「ひっさしぶり! どしたのこんなトコで。あっそうか、塾に行く途中か。まだアンタ、あの塾の講師やってんの?」
今日は厄日なのだろうか。
まったく見覚えのないその少年は、あっという間に俺の隣りに腰掛け、サンバ並のハイテンションを容赦なく繰り出してくる。
「…見た所、君は私より年下のようだが」
それでも年長者として注意せねばと、なけなしの体力を振り絞って口を開く。
「ハァ? 当たり前じゃん。俺の歳知ってんだろ? もうハタチだよハタチ!」
「見知らぬ年上の人の名前を呼び捨てにするのは、どうかと…」
「だって思い出したのが名前だけだったからしょーがないじゃん。何か武士っぽかったから覚えてたんだよね!
って、アレ? 何だよ『見知らぬ年上の人』って。もしかしてアンタ、俺のこと覚えてないワケ?」
以上の長文をわずか数秒で言い切った後、めまぐるしく変わる表情を怒りに変えて、少年は俺の腕をゆすった。
「知り合いだったのか? それならすまない…今は体調が悪くて、頭の働きが……」
激しい揺れで血の気が引いていくのを感じながら、何とか少年の手を押さえる。
「信じらんねぇ! じゃぁアンタ、俺が名前呼び捨てにしたってグダグダ言える立場じゃないじゃん! 俺は一応名前覚えてたからなっ!
ちゃんとこっち見ろ! 俺だよ俺! 覚えてねぇの!?」
(ローテンションの国を作ってくれ大統領…)
この世で勝つのは常にハイテンションの者だ。彼らはめまぐるしく感情を露わにし、膨大な量の言葉を並べ、ずかずかと人の内部に入り込んでくる。
それを前にして、ローテンションの者の抵抗力など赤子以下だ。
とりあえず、これ以上腕をゆすられようものなら倒れかねない。
俺はあらゆるこだわりとプライドを捨てて、少年の要求に従った。
眉根を寄せて少年を見ると、少年は、生真面目な顔をして俺の目線に応えた。
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