【1】 ハイテンションとローテンション

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 ……疲労で霞んだ視界が捉えたのは、「何かを叫びたいんだけど、肝心のソレが出てこないーっ!」という長文を顔に書いた、見知らぬ少年だった。  その指の指す先は、明らかに俺である。 「―――――義政(よしまさ)っ! そうだ! 義政だ!」  解放された大声に、頭痛が激化した。 (俺の名はいつから見知らぬ少年に連呼されるまでメジャーになったんだ……) 「ひっさしぶり! どしたのこんなトコで。あっそうか、塾に行く途中か。まだアンタ、あの塾の講師やってんの?」  今日は厄日なのだろうか。  まったく見覚えのないその少年は、あっという間に俺の隣りに腰掛け、サンバ並のハイテンションを容赦なく繰り出してくる。 「…見た所、君は私より年下のようだが」  それでも年長者として注意せねばと、なけなしの体力を振り絞って口を開く。 「ハァ? 当たり前じゃん。俺の歳知ってんだろ? もうハタチだよハタチ!」 「見知らぬ年上の人の名前を呼び捨てにするのは、どうかと…」 「だって思い出したのが名前だけだったからしょーがないじゃん。何か武士っぽかったから覚えてたんだよね!  って、アレ? 何だよ『見知らぬ年上の人』って。もしかしてアンタ、俺のこと覚えてないワケ?」  以上の長文をわずか数秒で言い切った後、めまぐるしく変わる表情を怒りに変えて、少年は俺の腕をゆすった。 「知り合いだったのか? それならすまない…今は体調が悪くて、頭の働きが……」  激しい揺れで血の気が引いていくのを感じながら、何とか少年の手を押さえる。 「信じらんねぇ! じゃぁアンタ、俺が名前呼び捨てにしたってグダグダ言える立場じゃないじゃん! 俺は一応名前覚えてたからなっ!  ちゃんとこっち見ろ! 俺だよ俺! 覚えてねぇの!?」 (ローテンションの国を作ってくれ大統領…)  この世で勝つのは常にハイテンションの者だ。彼らはめまぐるしく感情を露わにし、膨大な量の言葉を並べ、ずかずかと人の内部に入り込んでくる。  それを前にして、ローテンションの者の抵抗力など赤子以下だ。  とりあえず、これ以上腕をゆすられようものなら倒れかねない。  俺はあらゆるこだわりとプライドを捨てて、少年の要求に従った。  眉根を寄せて少年を見ると、少年は、生真面目な顔をして俺の目線に応えた。
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