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そんな安藤が入社して約一年。
おれは彼の教育係として、営業のノウハウを教えた。
名刺の渡し方、顧客との付き合い方、新規得意先開拓、トラブルの解決法など、一通り伝え、そろそろ独り立ちできる頃かな…と思っていた矢先だ。
現状、顧客の数に対して、それを担当する営業の人数はギリギリだ。
一人抜けるととたんに、他の社員の負担が増える。
今彼に辞められたら他の社員の不満が爆発して仕事が雑になり、顧客離れにもつながりかねない。
さらに本社も、新卒が入って喜んでいたところだったため「お前の教育が悪い!」と、怒りの矛先がおれに向くだろう。今から新人を雇うにしても多額の費用も時間もかかる。
おれだけの都合で考えれば、安藤を辞めさせるわけにはいかない。
「いつから辞めたいと思ってた?」
「…結構前です」
外堀から埋めるように、少しずつ話を進める。突然「辞めるな」などと言えば、逆効果だ。
「仕事、楽しくなかったか?結構成績上げてきてたよな」
「…はい」
「最近の調子はどうだったんだ?」
「まぁ、普通です」
彼は普段から饒舌ではないが、今日はことさら口が重い。
しかし、さっきよりは落ち着いてきたようだ。
そろそろ核心に切り込んでみよう。
「なんでまた、辞めたいって?」
「…会社が辛いんです」
「会社?仕事じゃなく、会社が辛いってこと?」
「…はい」
「会社かぁ…おれはてっきり仕事が嫌なのかと思ったけど。会社のどんなところが辛い?」
「…自由がないところ、です」
「自由?」
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