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「こちらです」
そう遠くないマンションだった。
男は玄関を通り抜けると、慣れた手つきでロックを解除する。
開かれた部屋はムッとしていた。
「暑いですね」
「これのせいです」
長い廊下を抜けた先にあるそれを指差して、男は言った。
「これの」
修二は彼が指差したものも見る。
巨大なデスクトップパソコンが、壁一面に並んでいた。
熱量の消費も激しいのか、エアコンがその用を果たしきれていない。
男は陰湿な笑いをあげて言う。
「申し訳ない。」
「別にいいですよ」
修二は心底どうでもいいといった調子で答え、それから問うた。
「それで、なぜ俺を?」
「あなたはあの会場で浮いていた」
男はまるでそれで十分だと言わんばかりに黙りこむ。
時おりあがるPCのうなり声が耳についた。
男の額に浮かぶ汗の玉が目にちらつく。
修二は若干の憤りをこめて言う。
「もう少し詳しく」
「喉が乾きませんか?」
男は外れた調子で会話を進めた。
唐突な提案に修二は肩をすくめる。
男はそんな修二の様子は意に介さず、そのままダイニングに行くとコップを持って戻ってきた。
目の前に冷えたグラスが差し出される。
「どうぞ」
「…どうも」
修二は男の態度に釈然としないものを感じながらそれを受け取り、喉に流し込んだ。
男はそれを楽しそうに見ながら言った。
「あなたはあの会場で浮いていたのでね。これからすることにぴったりだと思ったんだ」
「これからすること?」
修二は手近にあったテーブル上にコップをおくと口をぬぐって尋ねる。
男はすばやく移動すると、デスクトップのモニターをつけた。
日光のない部屋で黒いカーテンが引かれていたせいだろう。
それは唯一の光源として、まるで世界の中心であるかのように修二の目を引き付けた。
「なにを…」
「これです」
男は言うと、キーボードをカタカタと叩く。
快音とまではいかない半端な音を響かせた後、男は笑った。
「これです」
修二の視界に飛び込んできたのは見覚えのある小鳥のマークだった。
丸いアイコンを携えて、各自がどうでもいいことをさえずっている。
ツイッター。
ざっと百ばかりのアイコン。
男はまだ笑いながらデスクの後ろの巨大なテレビの電源をつける。
PCと連動していたらしく同じ画面が液晶に写る。
男が縮尺を調整すると、さらに多く二百ばかりのアイコンが盛大に並んだ。
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