序章『約束』

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* * *  深い闇の中で、優しい声がした。  まどろみの底で、もがくように光を探す。水の中で体を動かすかのような、感覚の頼りなさが全身を襲った。私の声も、まるで深海の中にいて、どこにも届かないとさえ思った。  けれど、その声はちゃんと届いていた。 「気がついたかい?」  温もりをもったその言葉に、私は震えるように返した。 「セスナ……なの?」  白く、深いベッドに寝そべる少女を優しく見つめながら、セスナは言った。 「もう大丈夫、終わったんだ」  声の元を辿る。けれど、深い闇は一向に晴れない。深海の底で、泳ぐことすらできない。 「僕らは勝ったんだよ」  セスナの声は、言葉とは裏腹に、どこか悲しみを孕んでいた。 「よかった……」  少女は闇の中で、心細げに呟いた。セスナはそんな彼女を見て、笑った。光を失った彼女の瞳を見て、言った。 「最後に一つだけ、君にがあるんだ」  穏やかなその声に、少女は優しく微笑んだ。 「なあに?」  セスナは、少女の手をぎゅっと握りしめた。冷たい石の部屋、星のように輝く壁と、浅葱(あさぎ)色に光る水路に囲まれたこの空間に、柔らかな日差しさえ、彼は感じていた。 「君の歌を、いつか聞かせてほしい。そして、“君が普通の少女として笑える日が来たら、僕の分まで生きて欲しい”」  少女は、涙を含むセスナの優しい声を聞いた時、仄かな淡い光が、深い闇の海へと射し込んでくるように感じた。  偉大なる精霊学士、ハルト・グレシスによって、この日、人類と空人という種族間による争い、《終焉戦争》に幕を閉じた。  しかし、彼が生みだした禁忌の力は、やがて数百年の時を経て、暗い影を、この大地に落とすこととなる。  ──そして、これはその“数百年後”の物語である。
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