蝉しぐれ

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9階建ての真新しい市役所は古い街並みの中にあって、役所優位の地方都市にありがちなシンボル的存在だった。 婚姻届の保証人には白井佳音と大波桜の名前がある。それは祥子の希望だ。何故その2人を選んだのか、岡島には分からなかった。 届出カウンターは1階にある。祥子は岡島の肩につかまって歩き、念願通りに自分の手で婚姻届を提出した。 職員が内容を確認し、「おめでとうございます」と立って挨拶すると、「ありがとうございます」と祥子は精一杯の声を張って礼を言った。その声はフロア全体に響きそうな生気に溢れた声だった。死期が近いというのは嘘ではないか、と疑ってしまうような声だ。
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