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…でも。
人間の感情というのは、
そんなに簡単では無くて。
和真とは全く別の『愛しさ』を
この人に抱いていて。
必死で私への気持ちを隠していたり、
そのクセ、少しでも一緒にいたがったり、
たまに冷たい言葉を浴びせつつも
全身で私を欲しているその姿が、
…いじらしくて仕方なかった。
分かっているのだ、
この関係はおかしいと。
俊くんは私に
その気持ちを伝えてはならないし、
私もその気持ちに
気付かないフリをしなければいけない。
「佳乃ちゃん、帰ろうか。
タクシー拾えるといいけど」
「ちょっと歩くけど、大通りまで出よう」
少しだけ離れて歩き始める。
ようやく1台のタクシーに乗り込み、
ふと私の手に俊くんの手が触れた。
だからバッグの上に手を移動させたのに、
その手を俊くんがギュッと握る。
「俊くん、酔ってるの?手を離してよ」
ワザと明るく言ったのに。
その手は恋人繋ぎへと変わる。
「やだ、離さない」
「やだじゃないよ、俊くん、痛いってば」
本当はそんなに痛くなかったけど、
離して貰うための口実として
大げさに言ったのに。
「ごめん」
すぐにその手は離された。
そして消え入るような声でこう呟くのだ。
「…になって、ごめん」
>好きになって、ごめん。
そう聞こえた気がしたが、
私は聞こえないフリで遠くを見ていた。
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