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眠るように横たわるその人は、着物を着ていた。胸に折れた剣を持って、ピクリとも動かない。そしてその顔は、自分と瓜二つだった。
「アタル、その人が、光風だよ」
「……、光風……、生きてるの?」
「いいえ、これは言ってしまえば脱け殻です。何も感じない、魂も無い、ともすればいつ消えてもおかしくはない……」
「消滅する前に、アタルに会わせておきたかった」
「…………」
脱け殻。そうは見えない位、その顔は、眠っているみたいに安らかだ。自分の寝顔を見ているみたいで変な気分も感じつつ、こんな部屋にずっと置いてある事に、何故か悲しくなって、胸がいっぱいになった。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。普段の俺なら、きっと、死体を何時までも置いてるなんて尋常じゃないぞ、とか思ってる筈だろ。部屋も星が散って、普通じゃない。死体をガラスケースに入れてるなんて、変じゃないか。どうして悲しいんだ?涙が出てくるなんて。
「アタル、泣いてるの?ごめん、大丈夫?怖かった?」
「お、おうが、俺、」
「部屋から出よう?体調が悪くなったら大変だ」
「違う、どうして……、っ」
泣きじゃくって言葉が続かない。王牙に抱き上げられて、黄金さんを残して部屋から出る。
あの剣を見た事がある。どこでだろう。忘れたけど。もしかしたら似たような記憶の中のただのデジャヴかもしれないけど。部屋で感じたのは、ずっと忘れないでいてくれた悲しみと切なさだ。忘れないでいてくれた、忘れて欲しかった。
脳裏に浮かんだ光景は、起きない体に向かって、王牙がずっと語りかけている姿だった。
「ねえ、聞いても、いいんだよね?」
「光風の事?」
「……うん」
風車か回る。礼拝堂から出れる庭で、草が疎らに生える所に座って城の外を眺める。城の外観はよく見れば結構ボロボロで、草とか苔とか生え放題だ。歴史を感じるとは思うけど、まさか外観がこんなだったとは。
「そうだね、……もう何百年も前の話しだけど」
「聞くべきだよね、俺」
「聞くべきかもね……アタルが、知りたいなら……いずれ必ず、この話しをする日が来るんだろうなあ、とは思ってたけど」
少し強い風が吹く。
王牙にもたれて、瞼を強く閉じる。
心が苦しくなる。けど、聞かなきゃいけない気がした。
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