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『寝ちゃいねぇぜ。客人の来ねぇ番にあくびも出らぁ。なんだ、お前は珍しく忙しそうじゃねぇか』
「ええ。ご依頼の品に絵付けをね。ほら、どうです?十三郎さん」
『ほう。どれ』
棚伝いにひょいと、散らかった作業机へ飛び乗る。うっかり顔料が入った菊皿に脚を突っ込まねぇように、そろりそろりと忍び足。
福之助が傾けて俺に見せたその招き猫は、頬を紅く染めた酔っ払いの三毛猫だった。しかも、小判の代わりにとっくりを抱え、上げた右手にはお猪口を持ってやがる。
『おいおい、呑んだくれた猫になっちまってるぞ』
「面白いでしょう?いやね、隣町で居酒屋を始めるご夫婦の猫なんです」
『だが、ここに並んでいるやつらと面構えも随分と違うな』
まだ色の入ってねぇ素焼きの部分が残る顔を、ちょんと肉球で撫でてやる。福之助は「いいんですよ」と頷き、面相筆に胡桃色の顔料を含ませる。
「店もそれぞれ、猫も人もそれぞれでしょう?愛嬌たっぷりに招いてくれるはずですよ」
「なるほど。えらく自信有りそうじゃねぇか」
「ええ、もちろん。人を呼ぶ、金を呼ぶ、『招き堂』の招き猫ですからね」
狭い額に三毛の模様をスッスッと描きながら、ちらりと俺に視線を向ける。
「ふっ、確かにな。おっと、ここにもようやく客が招かれたようだぜ?人じゃねぇ、猫だがな」
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