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いつの間にか、空には金色の三日月が顔を出している。
真っ赤な鳥居、暗い森。
私は自分が町外れの神社まで駆けてきたことに気付いた。
喉がひりつき、目はくらみ、唯自分の心臓の音だけが辺りに響く。
倒れた身体の下のひんやりとした玉砂利に、少しずつ体の熱が冷まされてゆくのを感じ、私はやっと小さく息をつくことが出来た。
――にゃあああおおおおおう……
賽銭箱の影から、アレの真っ黒な姿がぬっと現れる。
逃げようとした私に向かって巨大な前脚が素早く突き出され、玉砂利をけろうとした足を押さえ込んだ。
私の身長の半分ほどもある巨大な肉球の先から、普段は隠されている乳白色の爪が顔を出す。
体に何箇所か傷をつけられ、私は無様に転がった。
痛み。恐怖。怒り。絶望。
様々な感情と感覚が私を満たす。
そして最後に残った感情は「諦念」。
身体から力を抜き、すぐにでも訪れるであろう「死」を私は待った。
ふいに身体を地面に押し付けていた巨大な前足の圧力が緩む。
浅ましいことに、その瞬間、私は血を滴らせながら森へと走っていた。
しかし、それはアレの罠だった。
私の気持ちまでも読み、逃げる私を弄ぶ。
命をかけて逃げようとする私の身体には次々と傷が増え、とうとう足を緩められても立ち上がることすらままならなくなってしまった。
本当に動くこともできなくなったのが分かったのだろう。
アレはまだ遊び足らぬとでも行ったふうに、小さく私の身体を転がす。
そして、仰向けに転がった私に向かって、私の身体より大きな口をぽっかりと開いた。
私の断末魔の叫びが境内に響く。
「ちゅう……」
しかし、肺に送る空気すら吸い込む力の無くなった私の声は小さく、森の梢のサワサワという音にかき消されて、満足げに私の首をかじる猫にしか聞こえなかった。
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