3 ママ友も大好き、イケメンコーチ

2/5
7318人が本棚に入れています
本棚に追加
/446ページ
 前は営業職に就いていたけれど、まだ、あの当時二歳だった伊都を、突然、ひとりで育てないといけなくなった俺には営業職は無理だった。ありがたいことに会社はそのことを考慮してくれて、定時で上がることのできる事務仕事へと転属をさせてくれた。  二歳だった伊都は母親がいなくなったことで不安だったのかもしれない。俺の不安が移った……のかもしれない。麻美が亡くなった直後から頻繁に熱を出すようになった。だから、事務職へと転属させてもらえてすごく助かったんだ。 「あ、佐伯さん! 棚卸の台帳、一緒に確認してもらってもいいですか?」  ママ友、になるのかわからないけれど、同じ歳くらいの子どもがいる人と話ができるのもありがたい。  本当に突然全てをやらないといけなくなったから。 「藤崎さんの子、泳げる?」 「え? うち、ですか?」  中でも彼女、藤崎さんには一番助けられてる。同じ、今年小学一年生になった女の子がいて、そして、ひとり親。 「んー、うちは泳げますよ。あっ……」  水難事故で妻を亡くしたこと、伊都っていう同じ歳の男の子がいること、そして、水が怖いことも話していた。夏はどこか出かけるんですか? って訊かれて、山へ、って答えたところから、会話の流れで、海が、というよりも「水」が全て怖いんだと。 「うち、伊都は泳げなくて、スイミングスクールに通い始めたんだ」 「えーそうなんですか? ご近所の?」 「ううん、隣町の」 「え? なぜに隣町?」  ひとりで育てる、ということが関係あるかないかはわからないけれど、彼女は明るくて、少しだけ、男勝りでさっぱりとした人だった。 「それがさ……」  なぜ隣町のプールを選んだのか。 「あはははは、伊都君、可愛いいい!」 「笑うと怒られるんだよ」  それは大変だと口元を慌てて隠す彼女の隣でクスッと笑った。  あの当時は、こんなにゆったりとなんてできなかった。二歳の子どもをどう寝かしつければいいのかさえわからなくて、たまに始まるイヤイヤにこっちの気持ちも疲れてしまう。それでなくても転属したばかりの事務仕事は覚えることばかりで、頭がパンクしそうだった。  話すだけで、頷いてもらえるだけで、すごく気が楽になったっけ。
/446ページ

最初のコメントを投稿しよう!