4 さて、問題です。

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「びっくりした。すごい偶然ですね」 「あ、はい」  くしゃっと笑った顔は昨日見た宮野コーチなんだけれど、髪、乾いてるからか印象が違う。 「佐伯さん、お近くなんですか? あ! いや! プライベートなんで答えなくても」  当たり前だけど、乾いた髪に、乾いた服、着てる。 「近いよ。うち、すぐそこ! ここから歩いてちょっとだよ」  俺が答えるよりも早く伊都が元気に答えてくれた。きっと、スクール的に生徒のプライベートにはあまり関わらないようにしているんだろう。そういう決まりごとなのかもしれない。聞いちゃったって、宮野コーチが申し訳なさそうに眉を下げた。俺は別にコーチに教えたくないとかそんなのないし、男所帯で何も心配いらないからいいんだけど。 「あ、本当に近所なんです。うち、ここから目と鼻の先っていうか」 「そう……なんですか」 「ええ、すぐそこです」 「うちも近所なんです。本当に、すぐそこで」  笑顔のよく似合う優しい人。だからかな、優しくしたいというか、自然とこっちの気持ちが和んでいく。  住んでる場所をコーチに教えたくないと思われたくなくて、急いで説明を付け加えた。 「コーチ! コーチ! コーチも今日の夕飯野菜炒め?」 「あー、うん」 「うちも!」 「こら、伊都、コーチの買い物の邪魔だから」  伊都がはしゃいでた。プールで一回しか教えてもらってないけれど、その場所でしか会えないはずの大人に会えて、ちょっと楽しそうだ。算数で頭使ってヘトヘトなことも、学校で一日走り回って疲れてることも、「コーチ」の登場に吹き飛んでる。 「大丈夫ですよ。俺はまだ迷ってるんだ。伊都君ちは野菜炒め?」 「うん!」 「そっか。うちはどうしようかなぁ。野菜炒め美味しいけど、これだとちょっと多いんだよ」  そう言いながら、カット野菜の袋を手に取った。 「あっ! あの!」  自分でも、びっくりした。 「あ……えっと」  自分の行動に、ものすごくびっくりした。 ――ご近所なら、その、野菜炒め、半分、いかがです?  そう言いたいと思ったことに心臓が止まるほど驚いた。
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