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「なんか、すみません」
伊都がワガママを。
いきなり夕飯ごちそうになっちゃって。
そんな言葉がふたり分の声が重なった「すみません」の後にそれぞれ続いた。
ふたりして同時に謝って、ハモった謝罪にバチっと音がしそうなほど目が合って、ちょっと照れ臭くて笑った。
野菜はカットしてあるから、俺は解凍したお肉を炒めてて、コーチは伊都と一緒に配膳の準備。
「こちらこそ、カット野菜、使わせてもらって」
「全然かまいません。あそこのって、大入りなのは嬉しいけど、ひとり身だとあんなにはいらなくて」
「うちだとひとつじゃ足りなくて」
だから、お互いにちょうどよかった。と、話がまとまった。伊都はさっきからはしゃいでた。帰り道じゃ疲れたと眠そうにしてたのに、目を輝かせて、突然の訪問者に大興奮だ。あの様子じゃ、寝かしつけるの大変かもな。あぁ、でも、逆に、はしゃぎすぎて、スイッチが切れたように眠るかな。
「あの……佐伯、さん、……って」
「あ、はい。俺、シングルファーザーなんです。伊都が」
このことを話す機会は少なくない。俺はその度に悲しい気持ちがこみ上げてきてたっけ。でも、悲しみって時間が経つと薄れていくんだ。感情の色は少しずつ時間をかけて、日に当たったポスターみたいに褪せていく。
「伊都が二歳の時に海で。海水浴をしてた時に、波にさらわれたんです」
今はこうして話すこともできるようになった。話す度に悲しみが外に吐き出されるみたいに、ぐしゃぐしゃに丸まった紙みたいな悲しみが、ゆっくり少しずつ広がって皺が伸びていく感じ。一度ついてしまった皺は完全になかったことにはならないけれど、それでもたしかに今はフラットな一枚の紙に戻れた。
男一人で育てるんじゃ大変でしょう? あら、それはお気の毒に。ごめんなさい。余計なこと聞いちゃったわね。
話す度に返ってくる言葉に苦笑いをこぼして、ありがとうございますって挨拶をする。別に男でも女でも、決心なんてする暇もなく突然ひとりで育てることになったら、大変だろう。ふたりで育てるのだって、その都度、その都度、大変だったし。
妻を亡くしたと話すと、気の毒にって悲しい顔。でも今からそんな顔をしたってもう遅い、つい数秒前はすごく興味津々って顔をしてたじゃないか。そう感情がささくれ立ったこともあったけど。
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