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「おー、よかったね。伊都君」
「あ! コーチ!」
伊都がどのアイスにしようかと迷っていた時、ちょうど、さっき教えてくれたコーチのうちのひとり、男性がやって来て、にこやかに笑い、伊都の頭を撫でる。
髪が濡れてた。もう着替えを済ませているけれど、濡れた髪はそのまま無造作に後ろへ流してるだけ。
「レッスン、あの、ありがとうございました」
「いえ、あ、えっと、佐伯さん」
ガラスで隔てられているから、俺には向こうの話し声も水の音も聞こえなかった。ただ元気なコーチが笑って、真剣な顔をして応援して、何かひとつできると一緒になって喜んでくれていた。
レッスン前に挨拶した時は弾んだような声だったけど、伊都を気遣ってくれていたのかな。今、彼の声はすごく落ち着いていて、ゆったりとしている。
「すみません。今、チェックしたら、伊都君レッスン休んだことになってて」
「え?」
「あ、メンバーズカード、スキャンしましたか?」
「え? あ、すみません」
そうだ。忘れてた。レッスン受ける前に初回だから説明があるって、受付の女性が言ってたっけ。
「忘れてましたっ! あの、どうすればっ」
「平気です。俺が、やっときます。スキャンのやり方聞きました?」
「あー、いえ」
「じゃあ、説明しますよ」
すっかり記憶から抜け落ちてた。というか、水のことばかりを考えてて、緊張してて、そこまで頭が回ってなかった。ただ、水着と帽子だけは忘れないように。それとタオルと着替え。そのことばかり気にしてた。
でもコーチは笑顔で、カードのスキャン方法を説明してくれる。
来たら、レッスンを受ける前に青く「レッスン前」と書かれたラベルのあるスキャナーの前にカードをかざす。終わったら、「レッスン後」と書かれた赤いラベルのあるスキャナーで同じことをして、それで、伊都がその日のレッスンを受けたかどうかわかるんだそうだ。急遽来れなくなってしまった時でも、そのスキャンありなしで判断がつき、そのままインターネットで代替えレッスンの申し込みができる。
「今日は、どこからいらしたんです?」
「あ、えっと、隣町の」
コーチが目を丸くした。そして、口元を隠しながら、くしゃっと笑った。
「あ、あの」
「すみません。お住まいじゃなくて」
「?」
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