前半

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 あれは十年くらい前だったと思う。夏休みに祖母の家に行くことは毎年の習慣であったから、既に慣れたものだった。  祖母は当時、部屋の半分を占める特別なベッドを使っていた。それまで私は祖母の部屋で眠っていたが、部屋が狭くなったため、その年からは仏間で眠ることになったのだ。  最初の日こそ欄間付近の遺影が怖くて、この場所に不安を覚えていたが、もう慣れてしまっていた。  電気を消し、布団を被る。障子の向こうから月の光が仄かに洩れ出てはいたが、充分暗い。瞼をゆっくり閉じると、いつもより聴覚が敏感になる気がした。先ほどまでは気にも留めなかった蛙の合唱や扇風機が回る音が聞こえてくる。耳障りだが、眠るのに支障は無い。  ぽた。ぽた。  ふと、雫の落ちる音が耳に届く。雨でも降ってきたのか。そう考えていた。  ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。  落下音の連続。まるで音そのものが降ってくるようだった。私はようやく、他の音が聞こえないことに気付いた。定期的に落ちてくる雫によって、かき消されているのだ。  ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。  耳をすませる。どうやら音は外からではなく、部屋の内側より聞こえるらしかった。例えようもない危機感に襲われて、幼い私は仏間を離れるという発想に至ることすら出来なかった。  ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。  瞼を恐る恐る開けると、私の周囲をぐるりと畳の染みが包囲していた。それを確認するやいなや、体が動かなくなる。怖かった。私の体は、確認した時の右向きの姿勢のまま固まった。  ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。  だんだんと間隔が短くなっていく。  ぽた。ぽたぽた。ぽたぽた。ぽた。ぽたぽたぽたぽた。ぽたぽたぽたぽた。ぽたぽた。ぽたぽた。ぽたぽた。ぽた。ぽたぽたぽたぽた。ぽたぽた。ぽた。ぽたぽた。ぽた。ぽたぽた。ぽたぽたぽたぽた。ぽた。ぽた。
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