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私はカメラの前でニコッと微笑んで見せました。きっとその映像には、さっき獲物を手に掛けたばかりの鋭い八重歯が映っていることでしょう。
『今、思いましたわね? いくら必要と言われても、大切な命を私に差し出すわけにはいかない。と。その考えは全く正しい。自ら望んで食べられに行く。そんな都合の良い生き物など、この世にあるわけないでしょう』
――でも、ちょっとお考えになって? 私はカメラのレンズを凝視し、声のトーンを下げました。
『この先、あなたが生きていったところで、一体誰があなたのことを必要として下さいますの? 学校では疎まれ、嫌われ、いじめられ、会社に勤めても使えない、代わりは他にいると罵られ、かといって家にいれば、やれ穀潰しだ、甲斐性無しだと蔑まれる。当然ながら、他者からの慈悲も愛情も得られず、この窮状を訴えても、やれ甘えている、努力不足だと批判され、救いの手すら差し伸べてもらえない。終いには、誰にも相手にされず一人孤独に命を失い、それでもなお、異臭やら清掃やらで大家や近隣を困らせてしまう』
ここで表情を緩め、私は近くに呼び寄せた別の獲物を抱き寄せました。
『でも私達なら、そんな運命を変えられます。あなた達に生きる意味を与えられます。私達の腹を満たす食材として、家畜として、あなた達に最大限の愛情と感謝を注いで差し上げられます。この獲物をごらんなさい。巷では、このような人間は『賤しくて醜い』存在らしいですわね。でも、私達にはそんなことなど関係ありません。だってそうでしょう? 賤しき羊も貴き羊も、醜い羊も美しい羊も、切れば皆美味しい羊肉(マトン)であることに変わりませんわ。ほらこの様に……』
そう言って、私はその獲物の首筋に被り付きました。てか私が喋っている間、この獲物、私の身体をかなり触ってましたわね。いずれ食われることが分かっていたくせに、相当な甘えん坊さんですわ。サキュバスに精を採られ過ぎて、頭がおかしくなっちゃったのかしら。
まあでもいいですわ。この方の血も、うっとりするほど美味しいんですもの。
『はあ、幸せ。でも、私にはまだまだ食材の数が足りませんの。私はあなたを必要としています。誰にも必要とされない惨めな生か、私達に感謝される幸福な死か。あなたに必要なものはどちらか、よく考えてから私の所に参りなさい。私はいつでも待っております』
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