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まずは、私の身体を蝙蝠の群れへと変化させて……と。
獲物の男はさぞかし驚いたことでしょう。部屋の戸を閉めようとした途端、夥しい数の蝙蝠の群れが濁流の如く押し寄せて来たことを。あまりの勢いに細身の人間一匹の膂力ではどうすることも出来ず、獲物は居間の奥まで押し込まれてしまいました。
「うふふ。ごきげんよう。美味しそうな方」
男は尻餅をついたまま、呆然とした目で私を眺めていました。蝙蝠の群れが収斂して私が実体化されていく様を見たから当然でしょう。この世に非ざる存在を目の当たりにして恐怖に慄いている様が手に取るように分かりますわ。それとも、この私の煽情的な美貌に見惚れているのかしら?
おっと、怯えている獲物を見てしまうと、つい唾液を漏らしてしまいます。はしたないものを見せてごめんなさい。早く済まさなければいけませんわね。では、頂きますですわ。
「何を!? う、うわああああああ!!」
叫び声などお構いなく、獲物の首筋に勢いよく被り付く私。――と、ここで我に返りました。いけないいけない、シエル達の分も残しておかないと、あの子たちに怒られてしまいますわ。そもそもとして、これ以上吸ったら食べ過ぎになってしまいます。
ふと、私は獲物が住むこの部屋の中を一瞥しました。
何とも散らかった部屋ですが、それは私の蝙蝠がぶつかったからなだけじゃなさそう。それと私が気になったのは、家族や恋人の写真と思しきものが全く見当たらない点。そして、その割には女性が映った猥雑な本があった点。
で、目の前にいる、みすぼらしい身なりながら芳しい童貞の香りを放つ男。その顔は青ざめているようで、ちょっと赤らんでいるようにも見えます。もしかして、もしかしてなのですけれど、この人間、私に食べられるこの状況を、あまり恐れていらっしゃらない……?
まさかと思った私は、その男の手を自身の豊かな乳房に当て、こう囁いてみました。
「ねえ、もしかして、私に『こういうのとか』を望んでいるんじゃないかしら?」
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