第一章

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「父さん、またクビにしたのぉ?」  ソファで携帯をいじりながらふざけた口調で訊いたのは高校二年生の長男、桐生冬樹。どこか不安定で屈折した性格をしており、何かあればすぐに物や弟に当たった。   「行ってきます」  ソファの上に置かれたランドセルを背負って逃げるように冬樹の前を横切ったのは小学三年生の次男、桐生深春。複雑な環境で育ったためか、歳に合わずしっかりしている。  佳恵は玄関へ向かう深春に「気をつけるのよ」と声をかけたが、操は息子に一度視線をやっただけで何も言わなかった。彼は妻とは違い、自分の子供のことを『飾り』とすらも思っていないのだろう。そしてそれは佳恵に対しても例外ではなかった。  操は妻に対してもさほど愛情はなく、結婚したのも体裁のために器量の良い娘を選んだというのが理由であった。  一方、佳恵はそんなことを知るはずもなく、操に対して異常とも言える程の愛を抱いていた。仮に操が『死ね』と言えばおそらく喜んで命を断つと思われるくらいに彼女は夫を崇拝していた。
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