アルとミーシャ

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 立場上一応は抜かりなくミーシャの素性は調べてあったが、生粋のロシア人。十三歳でストリップバーの皿洗いとして働き始め、アレッサンドロが惚れ込んだ時点で二十一歳。両親の所在は不明。バーの給料と、チップ、それから客を何人か誑し込んで貢がせて生活をしていたらしい。フロアに出たのは十六になってからだが、あの容貌で欲に塗れた男たちの前に出たものだから暫くストーカー被害に悩み、その後で逆に利用してしまったのだ。店を出たところで待ち構えている不埒者に自分から歩み寄り、金を強請り、抱かせてやる。警察にも店にも通報しない代わりに、と複数人いたストーカー男に了承させ、誰も特別にしないから勘違いをするなと誓わせ、その領分を超えて自分に手を出そうとした者には他のストーカー男たちに制裁をさせた。  美しく、妖艶で、狡猾。人を食ったような性格は、言い換えれば最上の強かさ。  ミーシャはフロアでの会話だけで英語をすっかり覚えた頭で、一年もかからずにイタリア語を習得してしまった。これはアレッサンドロには嬉しい誤算で、執心はますます深くなり、今では四六時中隣に置いておかねば落ち着かない始末。  無理矢理ベッドから引きずり降ろされたアレッサンドロは、半分も開いていない目で、ミーシャが用意した朝食を頬張る。  開け放したカーテンからは強い夏の日差しが差し込んでくる。朝から動いている部屋の空調のおかげで暑さは感じないが、ミーシャは日焼けを気にして日陰にいた。 「言っておくが今日、本当に仕事はないからな……。行きたいところがあるなら連れて行く」「まあ、それは残念です。今日はお姉さま方のお茶会にお呼ばれしているので、お昼まで会えませんね。せっかくあなたが休みなのに」  エスプレッソを一口飲んで、それで随分目が覚めたようなアレッサンドロは、思いっきり顔を顰めた。 「行かんでいい」 「そういうわけには。もう返事もしましたし」 「じゃあ一緒に行く」 「意地悪なことを仰るんですね」  雰囲気に似合わず大きく開いた口に最後のパン切れを放り込む。もぐもぐと咀嚼する様子さえ、アレッサンドロには観賞するに値する光景だ。それほどまでに愛している青年が、少しだけ眉を下げた。
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