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衰えの見えない筋肉がついた腕には、いくつも傷がある。ミーシャはそれを一つずつなぞっていった。
「もう、離してください、アル。すぐ戻ってきますから」
「……お前は、腹が減ったのか?」
「そうです。俺と一緒に朝ご飯、食べたくない?」
瞼にミーシャからの柔らかいキスを落とされたアルは、長く低く唸った。ますます強い力で抱き締めるものだから、ミーシャは自分の柳腰が折れるのではないかと一瞬だけ心配をする。 アルはとうとう、「食べたい」と口にした。徐々に緩んでいく腕の力。それからするりと抜け出して、ミーシャはアルの額に唇で触れた。
「今日も朝はエスプレッソ?」
「なんでもいい……。甘い紅茶だけは嫌だ」
「ふふ、分かってますよ」
広くなった空間に寝返りを打って、アルは枕に顔を埋める。
そこはミーシャがさっきまで寝てた場所。ミーシャはそれに気付いて、匂いを嗅ぐように呼吸をするアルの後ろ頭をこつんと叩いた。
彼を「アル」と呼ぶのは、この広い世界でミーシャだけ。
アレッサンドロ。シチリアはパレルモとその周辺を統括する、大マフィアのボスである。泣く子も黙る、とは彼のためにあるような文言で、厳つい顔つきに鋭すぎる眼光と、天性の長身、若い頃から鍛え続けた肉体が、あらゆる他者を威嚇する。豪胆であり、冷酷。人道を嘲笑うようで、通すべき仁義は知っている。根っからの「悪の親玉」である彼に心酔する部下は多く、人望が枯れることはない。
御年、六十一。愛人に産ませた息子が十五人いる。しかし世代交代はまだまだの様子。
そんな彼には今、心底ご執心の愛人がいる。
それがミーシャである。
「アル、朝ご飯ができましたよ。ほら、ジェラートが溶けちゃいますから起きて、早く!」
ミーシャの枕に顔を埋めて完全な二度寝に落ちていたアレッサンドロの肩を掴んで容赦なく揺らす。部下ですらそんなことはできない。アルの心を見事に射抜いて虜にした彼だからできることだ。部屋にはエスプレッソの苦い匂いと、香ばしいパンに匂いが混ざっている。
彼は、もともとロシアのストリップバーで働いていた青年だった。
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