アルとミーシャ

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 砂糖の代わりに塩が溶かされた紅茶を飲まされながら、卑しい身体だのいやらしい目だの、悪い虫だのといつも通りの罵倒を聞き流し、飲み干したカップを置いて笑顔で「ごちそうさまでした」と言い残してミーシャは退席した。  場所は愛人たちの中でも最もミーシャを嫌っている古株の女の家だった。アレッサンドロから送られたその屋敷には家政婦さえ付けられており、それはアレッサンドロが動かせる富の象徴に他ならない。  家の管理を任されている老齢の男に玄関まで送られたミーシャは、 (…………我慢のきかない人)  そこに、アレッサンドロがいるのを見る。  時刻は十二時の三十分前。彼は玄関の柱にもたれかかって煙草をふかしていた。 「アル……。迎えに来てくださったんですか?」 「まあな」 「せっかくだから、彼女たちに会っていかれては? 最近全然お目にかかれない、ってぼやいていらっしゃいましたし」 「必要ない」  流れるようにミーシャの肩を抱く。細い肩は簡単に包まれ、額を見せるようにセットした柔らかい髪にはすぐにキスが落とされた。肩からするりと滑り落ちた腕は次にミーシャの薄い尻を悪戯に撫でる。いつも通りの触れ方にミーシャは笑った。  胸元が大きく開いたノースリーブの白いトップスと、脚の形をはっきりと浮かび上がらせる黒のレギンス。ミーシャの格好はおよそ二十代後半の男性のものではない。リング型の黒のピアスと、首元にはピアスと揃いのデザインのチョーカー。手首には女性的な細いゴールドのブレスレット。足元は夏らしい高いヒールのサンダル。全てアレッサンドロから贈られたものである。ミーシャは毎日、アレッサンドロが望む服装でいる。  エスコートされた先の高級リムジンに乗り込んで、ミーシャの手に冷たいジュースが手渡されると同時に車は動き出した。甘いジュースが、ついさっき飲まされた酷い味の紅茶を忘れさせていく。  広い車内で、アレッサンドロとミーシャは身体を寄せ合って座っていた。 「……お前には苦労をかけるな」 「柄にもないこと言わないでください。あなたのお気遣いがあればなんだって平気です」 「お前はいつもそうやって……」 「アル。あなたには大きな仕事があるでしょう。愛してくれるのは嬉しいけど、あまり俺に心を傾けすぎないで」
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