アルとミーシャ

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 ミーシャは真剣にアレッサンドロを見つめる。長い睫に縁どられた瞳は、特殊ガラスを使用している薄暗い車内の中でも輝いた。この五年、それにすっかり白旗を上げているアレッサンドロは衝動のままに、ミーシャの唇を奪う。 軽い水音が何度か漏れて、二人は漸く顔を離した。ミーシャは呆れたように笑んでいる。眦を下げる笑い方にも、アレッサンドロは心を揺さぶられる。 「お前の為なら……、と言ってしまいたいが、全てそうできるわけでもない。だがお前を愛しているのは本当だ。心の底から。信じられるか?」 「もちろん。そんなあなただから、俺も長くここにいるんです」  長く、と。含みを持たせた言い方だ。その言葉の意味を承知しているからこそ、アレッサンドロは漸く口元に笑みを浮かべる。 「いつお前が私に愛想を尽かして、ベッドから消えてしまうかと心配だよ」 「ふふ、俺も、いつあなたが俺にファミリーを譲るなんて言い出さないかと、不安」  互いのそれは軽口でもあり、本心。  ミーシャは身軽だ。アレッサンドロに愛され、全て養われている身ではあるが、彼の元から逃げ出しても帰る古巣がある。旅費を少々くすねてロシアに戻れば、アレッサンドロにも捜索は困難なのだ。アレッサンドロのテリトリーではないところで、また適当な男を捕まえて匿わせればミーシャは姿を消すことができる。その美貌でロシアの裏社会を牛耳る者に付け入れば、より安全に。  そしてミーシャの側も、アレッサンドロが後継をなかなか選ばないことを不安に思っている。十五人いる息子は、若い頃からアレッサンドロが愛人たちに産ませてきた者たちだが、特別な情をかけてもらっている者はいない。彼が二十歳の頃に作った一番上の息子は、今や四十だ。一番下は二十の近く。そろそろ次代のボスを選んでもいい頃、いや、考えなければならない頃なのだが、アレッサンドロはとにかくミーシャにしか心を傾けない。
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