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数日、がに股みたいな歩き方になってたけど、ようやく治った。
良かった。三沙くんに見られなくて。
頭の回転が良さそうだったから、すぐに悟られかねない。
今日は女装じゃなく、ダメージジーンズに白いリブ編みセーター、カーキのダッフルコート、バーバリーのマフラーをしている。
前髪は、迷ったけどワックスで横に流した。慶二とのランチデートの後半は、ずっとそうしてたし、一度話した事のある男性だという事もあった。
新宿南口のお花屋さんの前で、大勢の中に紛れてしまうと、ホッとした。
姉ちゃんとはいつもここで待ち合わせしてたから、そんな気分になって、自信が持てる。
やがて、ブルーグレーのスラックスに黒いチェスターコート、灰色のマフラーをした三沙くんがキョロキョロとやってきた。
「あ、三沙くん、こっち!」
「あゆちゃん? 父さんから聞いたけど、やっぱり男だったんだ。でも、どっちも綺麗」
身構えたけど、可愛いとは言われなくて安堵する。
三沙くんからしたら、年上の男性に可愛いは、失礼だと思ったのかもしれない。あるいは、前髪の後ろに隠れてる内に、僕自身が変わったか。
「お世辞は良いよ。僕は平凡」
「あ、マフラー」
「あ……」
マフラーを摘ままれて見てみると、僕はベージュの、三沙くんはグレーの、同じバーバリーのマフラーだった。
「ペアルックだ。カップルに見えるかな。今日だけ恋人になってよ、あゆちゃん」
慶二の苦々しい言葉が蘇る。
『年上に目がなくて、綺麗なら男女構わず口説いて回る。気を付けろよ、歩』
でも今の三沙くんの口調は、下心があるようには聞こえなかった。
「慶二兄がロシアに行っちゃって、新婚なのに寂しいだろ、あゆちゃん。だから今日だけ、俺がエスコートするよ」
その眩しい笑顔は、裏表なんてないように思われた。
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