第6章 執着

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 十汰はする事がなくなり、肩を落とした。そして、やりかけの皿を拭きにキッチンへと戻った。  数分後、やっと全ての皿を拭き終わり、ふーっと一息つくと、ふと外を見詰める。  雲行きが怪しく見えた。  雨が降りそうだな。そう思った十汰は、ベランダに干していた洗濯物を中へと全て取り込んだ。  雨には極力濡れたくはない。そう思うからの早めの行動だった。 「あ……」  洗濯物を中へと取り込んだ十汰は、サンダルを脱ぎ、視界に入ったカレンダーを見てしまう。  今日は見ないようにと心に決めていたのに、やはり、今年も見てしまった。 「八月二十六日……か……」  丁度五年前の今日。十汰は漢助と出会った。  つまり、今日は十汰が般若の面の男に拉致された日と言える。  思い出したくもないあの、気持ち悪い過去。 「漢助……早く帰って来ないかな……」  そう思うのは、今日がとても五年前のあの日と同じような空だったからだ。あと、気温と湿度。それが、とてもあの時と似ていた。  あの日は学校に行く途中だった。借りていた本を返却する為、外に出た所を拉致されたのだ。  頭を強く打たれ、意識が朦朧とした所を拉致された十汰は、次に目を覚ますとそこは近くの公園に設置された公衆トイレの中だった。  そして、洋式の便器に座らされた十汰が目を覚まして見てしまったのは、般若の面を被った男が十汰を見下し、十汰の身体をベタベタと触っている所だった。  狭い空間の中、男は興奮した荒い鼻息を何度も繰り返し、その当時、短髪だった十汰の細くて白い首筋に何度も触れた。  その汗ばむ指先は躊躇いなく十汰の身体を弄り、十汰は何度も助けを乞う言葉を考えた。だが、恐怖のあまり声は出ず、何の役にも立たなかった。 「あー、駄目。考えるなっ」  十汰はバシッと強めに自身の両頬を叩き、カレンダーから目を離した。  こんなの見てたらいつまで経っても般若の面を被った男を忘れられない。  未だ捕まっていない事実はどうしたって変わらないのに。
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