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傘を忘れ、雨に濡れたからかもしれない。
それは、あの時と同じような状況と言えるのだった。だから、震えが止まらないのだ。
「ほら、こっち来い」
「え……?」
「え、じゃねーよ。たくっ、ほら」
そう言って、漢助が両手を広げる。それは、ここに来いと言っているらしく、不機嫌そうな顔のまま、十汰がその腕の中に入るのを待っていた。
「う、うん……」
十汰は恥ずかしそうに、でも、心の中では舞い上がる気持ちを抱きながら、両手を広げて待っている漢助の腕の中に身体を預けた。
「少しは落ち着きそうか?」
「うん。なんかね、落ち着いていくのが分かるよ」
そう言って、十汰は目を閉じる。
閉じると、震えが止まって行くのが更に分かった。
それに、この温もりをずっと求めていたと言っているように、身体が落ち着きを取り戻す。
「そうか。なら、このまま寝ろ。勉強ばっかりしてるとハゲるぞ」
「ハゲるとか。酷い……」
その言葉はいつだって冷たい。でも、漢助が不器用で、優しい事は誰よりも知っている。だから、十汰にはその言葉は嬉しい気遣いだった。
それは、その言葉の中に、『こんな日に一人にして悪かった』と含まれているのが分かるからかもしれない。
「ゆっくり休め。俺はここにいる」
「う……ん……。漢助……ありが……と……」
未だに慣れないこの漢助との距離感。去年まで片想いしていた相手に、今は抱き締められている。
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