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第6章 執着
なかなか事務所に戻れなくて、十汰はジーンズのポケットに入っていた小銭を頼りに、近くのスーパーへと向かった。
そして、エビチリと麻婆茄子に使う材料を籠に入れる。
今日のメニューは竜平に言った物とは違くなるが、その二つが好きだと言っていたので良いだろう。
十汰は買い物を終え、時間を掛けてゆっくりとまた事務所へと戻った。
「ただいま」
「遅かったな。何してた?」
帰るなり漢助が少しだけ心配した顔を十汰に向けていた。そんな漢助に、十汰は少し驚きながらも答えた。
「え? あ、買い物……ついでにエビと茄子買って来たんだ」
「そうか……」
「心配し過ぎよ」
絢はソファーに座り、漢助にそう告げる。そして、十汰が戻って来たのを待っていたかのように、絢が立ち上がりバッグを持つ。
そして、出入口へと向かって行く。
「私、帰るわね。する事あるし」
そう言って、手を振る絢。そんな絢を見て、座っていた漢助がゆっくりと立ち上がった。
「下まで送る……」
嫌々な表情。なのに、言葉の内容は優しい。
「あら、優しいのね。そんな事、今までしてくれた事なんて無かったのに」
漢助が誰かを下まで見送るなんて事、今までした事はない。それは、十汰も知っている。
だから、尚更二人の仲が気になってしまう。
さっきの間に二人の距離が前のように深まってしまったのでは……なんて考えが浮かぶ。
「良いから進め」
「はいはい。じゃ、十汰君またね」
「あ、はい……」
十汰は複雑な心境のまま、漢助と絢を見送った。
---バタンッ
ドアが閉まる音。その音が、今の十汰と漢助の気持ちに壁を作ったようで、十汰はその切なさにグッと涙を堪えた。
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