艶のある人形(ひと)

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 蒼偉が営む『相馬探偵社』を兵藤が訪れたのが昨日のこと。お互い数年ぶりの再会とあって昔話に花が咲いたが、そのうち兵藤から「ちょっと顔貸せ」と切り出した。 「迷宮入りの事件?」  風のうわさで兵藤が刑事になったのは知っていた。  正義感が強く、昔からガキ大将として近隣にまでその名が知れ渡っていた彼である。その話を耳にした時は、旧友一同がさもありなんと思ったものだ。 「ああ。二ヶ月前に爺さんがひとり死んだんだが、どうにも状況が不可解でな。有益な情報も得られず八方手詰まりだ。そんなこんなで捜査本部も畳んじまって、その後始末を仰せつかった」 「後始末というと、適当に理由つけて捜査を打ち切って来い……ってことですか?」 「ま、そういうこった。今日び警察も人員不足で暇じゃねえんでな。成果の上がらねぇ面倒な事件にいちいちかかずらってるわけにはいかねぇ。かといって市民の目は気になるって話だ」 「それをなんでまた先輩なんかにあてがったんです。明らかな人選ミスでしょ」 「うるせーな。押し付けられたんだよ。いわゆる新人イジメの通過儀礼ってヤツだ」 「ああ……」  蒼偉は妙に納得してしまった。 「だがこのヤマで結果を出しゃ、また上に行けるぜ」  そう口にした兵藤が双眸をギラつかせている。 「つーわけだからちょっと手ぇ貸せや」 「なにがつーわけですか。大体一般市民が捜査の現場に立ち入っちゃダメでしょ」 「それに関しちゃ考えがあるからいいんだよ。で、やるのか。やらねーのか」  蒼偉はひどく疲れたような溜息をついて「どうせ断っても無駄でしょ」と言った。 「しかしどうして私なんです。先輩ほどの人脈があれば、もっと適任者もいたでしょう」  すると兵藤は我が意を得たりと口の端を上げ「実はな」と切り出した。 「仏師?」 「ああ。死んだ爺さんってのが榊仁兵衛とかいう彫刻家でな。何でもその界隈じゃ人間国宝級なんだと。お前も『芸術家』の端くれだったら名前くらいは知らねぇか」  そう。相馬蒼偉は幼い頃から絵描きを目指していた。  戦後のどさくさに紛れてフランスに留学するも、父親の急死により志半ばで帰国。祖父の興した『相馬探偵社』を引き継いでいまに至るというわけだ。  零細とはいえ祖父の代から続く顧客もある。  絵描きへの未練もあったが、いまではそれなりに探偵業をこなしていた。
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