艶のある人形(ひと)

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 茶菓子で汚れた口元を拭い、兵藤が刑事らしいことをようやく口にすると部屋の空気がにわかに変わった。工房の最奥では古めかしい柱時計が鎮座しており、重厚な佇まいで時を刻んでいる。いまはその針の音だけが、この空間を支配しているようだった。  ――それは二ヶ月前のこと。  榊京子は遠方にある新興の寺へと、養父の彫った新作を納める任にあたっていた。彼女の他に数名、仏師ゆかりの職人達と共に現地入りし、数日間にわたる作業の現場監督をこなしていたのだ。 「父はその……人付き合いが煩わしい性分でしたので……」  そう京子は語った。  榊仁兵衛の人嫌いは有名らしく、彫刻以外のことは概ね彼女がこなしていたらしい。一説にはそれが起因して人間国宝には推挙されないとまで言われていた。いつしかついた二つ名が『孤高の天才』とは、皮肉にもほどがある。  それらの情報を兵藤から耳打ちされると、蒼偉は黙って自身の耳たぶを撫でた。  京子の話は続く。 「父はここ数年、仏様を彫るより人形作りに没頭していました。仕事の暇を見つけては中庭にある土蔵にこもり内側から閂をかけて。長い時は丸一日出てこないことも珍しくはありませんでした。わたくしがその日、出張から帰ってくると父は屋敷のどこにもおらず、蔵へ行ってみると門は開かず、呼びかけても返事がなく。もしやと思い……」 「警官を呼んだ」  声を震わせる京子の言葉を、ずっと押し黙っていた蒼偉が続けた。彼女は「はい」と小さく答え、潤んだ瞳を袂で拭う。 「通報を聞きつけた所轄の警官達がなんとか門をこじ開けて蔵ん中へ入ると、そこには大量の人形達に囲まれた榊仁兵衛が、うつ伏せになって死んでいた。その背中に、愛用のノミが刺さった状態でな」  兵藤が手帳を読み返しながらそう告げた。  蒼偉は耳たぶを触りながら再び工房へと視線を巡らせる。すると彼の視界には、名工の彫った作品とは別の仏像が飛び込んでくる。それはまだ荒削りで、上手くはあるが大仏師の作品とは比べるべくもないものだった。 「京子さん。あれはあなたが彫られたものですか?」  蒼偉の急な問いかけに京子は言葉をつまらせながら「ええ」と答えた。 「形式上のことだけですが、一応二代目を継いでおりますので……」 「そんなご謙遜を。素晴らしい作品です」 「あ、ありがとうございます。まだまだ修行中の身ですが励みになります」
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