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例えば、赤色のタブレット一錠で疑似バンパイアになれるというものだ。 一錠の持続時間はそれほど長くはないが、常習性が極めて高い。 どうやらそれにはバンパイアの血液が実際に使用されているという噂があり、長く常習すればするほどその体は魔物へと変わっていくという。それと同時に人間としての理性を失い、挙句の果てにはただ血に飢えるだけの野獣と化し、殺戮を繰り返すようになる。 その症状が現れるのも早い者ならば一週間、長ければ十年~二十年と幅があることと、裏のルートで取引されており流通経路を特定出来ないという理由で安易に取り締まることが出来ずにいるのが現状だ。 そんな特殊ドラッグ患者の更生施設は現在、国の管理下に置かれている。 症状や常習性が軽度の者から、すでに魔物と化し何度も罪を犯した末に収監される者もいる。 人間が収監される刑務所とはまた違った趣の不気味な建物は厳重なセキュリティに護られ、許可を得た者だけが出入り出来る特殊な場所だ。 鬱蒼とした森に囲まれた中に突如として現れるコンクリート打ち放しの高い塀と鉄柵。 来るものを拒むかのように建つ、鉄筋コンクリート五階建ての建物は飾り気のないただの灰色の箱だ。 窓があるのは一階の事務室がある場所だけで、周囲に人の気配も感じられない。 奥山(おくやま)那音(なおと)は、何度来ても背筋が冷たくなる薄暗いエントランスに立ちインターホンのボタンを押した。 エントランスと言っても開放的なガラス張りなどでは決してなく、窓のない灰色の鉄扉以外何もない殺風景な場所だ。 応答のないインターホンを見つめていると、しばらくしてくぐもった声が響いた。 音が割れたような雑音混じりの音声は、スピーカーが故障しているのではないかと毎回思う。 「東都(とうと)総合病院薬剤部の奥山と申します。ご依頼のあったお薬をお届けに参りました」 異様な場所でありながら凛と通る那音の声に、インターホンの向こう側から微かに安堵のため息が聞こえる。 『セキュリティカードを通してお入りください』 那音は白衣のポケットから一枚のアクリル製の黒いカードを取り出すと、インターホンのすぐ脇にあるカードリーダーに慣れた手つきで通した。
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