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那音は病院内にある薬剤部の作業室でデスクに置かれたカルテに時折目を通しながらパソコンの画面を見つめていた。 一連の事件と、CEOであったセロンが経営を継続出来る状態ではないことを受けてミラード製薬は倒産した。 そのおかげで脱法ドラッグの普及は減り始めてはいるものの、未だにドラッガーに襲われたという患者はあとを絶たない。 毎日のように耳に入ってくるニュースや報告を思い出し短く吐息する。 セロン・ミラードはレヴィによって死よりも過酷な制裁を受けた。喉を純銀の弾丸で打ち抜かれ、声を失い、その体はもはや再生不能と化している。だが、安易に命を断てない体だけに想像を絶する苦痛を味わっている。 しかし、彼の血が含まれたドラッグはまだ収束を迎えてはいない。 「――奥山くん?ちょっと、いい?」 「あ……。はいっ」 不意に名を呼ばれて振り返ると、そこにはぼんやりと那音を見呆ける女性スタッフの姿があった。 頬は赤く上気し、目はどことなく潤んでいる。 殺風景な作業室の中で、彼女に何が起こったのだろうと心配になりながらも、那音は席を立った。 「あの……。なにか問題でもありましたか?」 「あ、あぁ……っ!ご、ごめんなさいっ。え~と、外科の津村先生が相談したいことがあるそうですよ」 「津村先生?――あぁ。この前のことかなぁ。分かりました、すぐに行きます」 デスクの上に広げられたままのデータを簡単に片づけて足早に歩き出すと、作業室を出るまでにすれ違う人たちのうっとりとしたため息を聞かされる。 ねっとりと絡みつくような欲情した人間の視線にはもう慣れた。 那音がレヴィと婚姻を結びバンパイアになって二ヶ月が経っていた。 体の変化も落ち着き、力もコントロール出来るまでになっていた。 見た目は今までと何一つ変わらない。だが、那音が纏う妖艶な空気は男女問わず誰もが振り返り足を止める。 コンプレックスになっていた大きな栗色の瞳も、見据えられただけで腰砕けになる女性も続出した。 あまりの興奮に卒倒する者もおり、そのたびに診察室を一つ空けてもらわなければならなくなってしまった。 それはバンパイア特有の色香と那音だけが持つ誰もを魅了する妖艶な力。
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