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あの店とはルークと初めて会った場所だ。正確に言えば初めてではなかったのだが……。
雰囲気のいい落ちついた店。マスターが作ってくれたオリジナルのカクテルの色は鮮やかな紫色。
今の那音の瞳の色と同じだ。ホストを辞めたルークも気に入っており、今でも頻繁に出入りしているようだ。
那音はニコリと笑うと「喜んで」と答えた。
「――ねぇ、これは浮気にはならないよね?」
「なるわけねーだろ!第一俺は女にしか……っ」
声を荒らげた時、廊下の角を曲がってきた制服姿の男の子に気付き、ルークは言葉を切った。
栗色のストレートヘアが印象的な可愛らしい子だ。ワイシャツのボタンをきっちりと留め、ネクタイも緩んではいない。見るからに家柄のいい優等生だ。
しかし焦点が合わない暗い眼差し、ふらつく足元が気になる。そして何より生気が感じられない。
二人がいることさえ気付かないように彼はフラフラと通り過ぎていく。
振り返ったルークは訝しげに目を細めた。
「あの子……」
那音も気付いたのだろう。小さく呟くとすっと目を細めた。
「あぁ……。なにか変だな」
二人の意見が一致する。なおも歩き続けていく彼を追う様にルークはもと来た廊下を足早に戻り始めた。
那音はやれやれと肩をすくめながら左手のリングをそっと撫でた。
(――嫌な予感がする)
始祖の血を受け継いだ那音の力はレヴィとほぼ互角だ。
勘も鋭く、大概のことは予想できる。
「彼に、任せておこうか……」
短く吐息してルークを見送ると、資料を持ち直し外科医局の方へ再び歩き出した。
*****
その夜、ルークは邸に姿を見せることはなかった。
那音は広いリビングで遅い夕食を終え、ワインを飲みながら寛いでいると玄関のドアが開く音が聞こえた。
使用人の気配から察して、それが誰であるかが分かると短く吐息して再びグラスに口をつけた。
「――那音様、レヴィ様がお戻りになられました」
ノリスの声と同時にリビングのドアが開き、甘いバラの香りと共に彼が入ってきた。
「おかえりなさい……」
手にしたワイングラスを置きながら、半身振り返り背筋を伸ばすとそっと目を閉じる。
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