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時代の進歩と共にセキュリティシステムも確実に進歩している。しかし、ここの研究所がなぜ、あえて古い形式のカードを使用しているかと言えば、もうこのシステムは生産されておらず、カードや本体を偽造することは不可能に近いからだ。 最新の網膜や声紋認証などの一般的になりつつあるものは、解除方法なども裏のルートを使えばいくらでも入手できる。それゆえに最新型のセキュリティシステムはこの施設では使われてはいない。 ピピッという電子音と同時に自動ドアが解錠する。那音は目的地である事務局の入口のドアを目指した。 古ぼけたコンクリート打ち放しの外観とはまるで異なったその一画は、明るい照明と淡いベージュの壁紙で統一された、シンプルではあるが暖かみを感じる内装だ。 木製のドアのすぐ横には観葉植物の鉢植えが並び、那音はやっと生命の息吹を感じることが出来る場所に辿り着きホッと安堵した。 「東都総合病院の奥山です」 名前を告げてドアをノックすると、今や顔馴染みになった白衣姿の女性が現れた。 長い髪を緩く巻き、知的な相貌は美しさも兼ね揃えている。引き締まったウェストには無駄なものはない。 膝上のスカートからのぞく長い脚、それに研究者とは到底思えない赤いハイヒールを履いている。 そのせいか身長が一七〇センチしかない那音よりもやや高く、自然と目線が上を向くようになる。 「御苦労さま」 那音が手にしていた銀色のジュラルミンケースを受け取ると、赤い艶やかな唇が蠱惑的に綻んだ。 こんな殺風景な建物内にいるのが不自然なほど綺麗な女性だ。 「遅くなってすみません」 わずかに目礼する那音に、彼女はまるで気にするでもなく奥の接客スペースへと案内した。 何度来ても慣れない場所に、いつものように体を強張らせていると、両手にコーヒーカップを持った彼女がミニキッチンから現れた。 それをテーブルに置くと、長い脚を優雅に組み、小首を傾ける。 彼女の名は中沢(なかざわ)杏美(あみ)。この更生施設の所長であり、特殊ドラッグに関するすべてを一任されている有能な研究者だ。 遺伝子研究の分野では海外に論文を発表しており、その美しい容姿でも名を知られた人物だ。 しかし、数年前に何らかのトラブルを解消する代わりにここの所長を引き受けたと聞いているが、詳しいことは分かっていない。 プライベートも明かされることなく、とにかく謎の多い女性だ。
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