第1章 ワケありのふたり。

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ついに来た。 ここは横浜だ。 観光ガイド片手にスーツケースを持った私はお上りさん丸出しだ。 でも良い。とうとう自由になったって感じ。 西内 りら 26歳。小児科ナース。 3駅先にこれから私が勤める「いずみ小児科」がある。 一昨日の電話でガサガサの声の男の先生が電話に出て、(きっと60代以上かな) 「ネットで求人を見ました。常勤のナースを希望しています。」と言ったら、 「土曜日も半日あるけど大丈夫?小児科の経験はありますか?」と聞かれ、 「土曜日も働けます。5年間小児病棟勤務でした。 引っ越してクリニックの近くに住みたいので、アパート紹介してください。」と返事をしたら、 「そうねえ。とりあえず、クリニックに自宅がついてて、 離れでよければそこにしばらくすむようにしても良いよ。 慣れたら自分で探してくれる?住宅補助は2万円くらいかな。」と優しい声だ。 「離れ。って?」と聞くと、 「昔息子の勉強部屋だった。 トイレとシャワーがついてる。片付けてくれればタダで使える。」と言ってくれた。 「そうさせていただけると助かります。」と言うと 「名前は?」 「西内 りら。です。」と言ったら、 「りらってライラックの事だね。北海道産まれ?」と聞かれ、 「そうです。」と笑って答えると、(ライラックは北海道の街路樹だ。春に白や紫の花をつける。) 「うちの常勤の看護師さん、膝を痛めちゃってね。すぐに来れる?」と聞かれたので、 「明後日には行けます。」と言ったら、(きっと膝を痛めるって事は50台より上かな?) 「良かった。りらちゃん。待ってるよ。来たら詳しい話をしよう。」と電話がきれた。 就職活動終了だ。 「いずみ小児科」ホームページはない。 どんな先生なんだろう。 お年寄りの先生ならパソコンが苦手かしら。紙のカルテかな? 今時は電子カルテが多くなっているけれど。とちょっと考えたけど、 とりあえず、どんな所でも働こう。 この街を出るんだ。 雪が音もなく降りしきる2月の札幌の空を見上げていた。
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