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「云ったでしょう。俺には私心はないと……。これは中国統一のためというよりは、寧ろ我々日本の将来のためだ。張作霖を消すことこそが日本のためになると…」
「馬鹿ッ、」
喜多は押し殺した声で実充を遮り、実充の胸を拳でどんと突いた。
「のぼせ上った浪漫主義を、国のためなどと偉そうに都合よく曲解するな! 貴様は革命に身を投じたいというおのれの夢に酔ってるだけだ。支那人でも無いくせに! 違うか!?
いいか、柚木。もし貴様が俺の制止を無視して何かことを起こすというなら、俺は郷崎に全て話すぞ。貴様のこれまでやってきたことも、全てだ。『国のため』という貴様なりの曲解に基づく、背信行為をな!」
喜多は本来、参謀部内ではタカ派の部類に入る人間だ。実充の“浪漫主義”とやらに共感する部分もあり、時には片棒を担いでくれたことさえある。その喜多をして、この究極の「革命論」に関しては制止に廻らざるを得ないのであるから、このときの実充の双眸は相当血走っていたのだろう。
また、喜多は、理想のためならば手を汚すことさえこの際厭わぬという実充とは違い、本来は姑息な行為を好まぬ一本正道の軍人でもある。…だからこその制止なのだ。
「…喜多さん。俺には蓁以外にも、支那人の、訓練された国民党支持者の友人が幾人もいる。
俺が頼めばすぐに動いてくれる有能な友人達です。心配して貰わなくても、失敗しない自信があります。
忠告には感謝しますが俺の気は変わらない。もう止めないでください」
実充は顔の横にあった喜多の腕を払い、数歩離れた。
「柚木」
喜多は今にも溢れそうな水甕を抱えているが如く、体を静かに強張らせていた。
「郷崎に話すぞって云ってるのが、分からんのか。止まれ」
「少佐に話しても無駄です。もう証拠書類は処分した。それに少佐は俺が常々張に関して過激な暴言を吐いているのを知ってる。また始まったかというぐらいで、本気にはとらないでしょう。喜多さんにこれ以上迷惑をかけたくありません。何かあっても、何も知らなかった振りをしていて下さい」
実充は軍靴の踵を返した。
「柚木!」
喜多の声が追い縋る。
「貴様のやろうとしていることに関して、誰も動いていないと思ったら大間違いだぞ」
実充は振り返らず答えた。
「それも、承知の上です」
だからこそ自分も急いで動かねばならんのだ。
第4章へ続く
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