プロローグ『僕のことを好きになってください』

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 アンケート用紙を見る。  『恋愛漫画なのに、リアリティがない』。  それはそうだろう。凪は生まれて16年、恋愛というものをしたことがない。それどころか、他人を頑なに拒む傾向にある。  現に、『漫画家』という職業を理解してくれない家族に早々に見切りをつけて、狭い木造アパートでアシスタントも雇えない貧乏暮らしをしている。  合っていないのかもしれない。  この職業は。  そもそも、恋愛をしたことがないのに恋愛漫画を描こうというのが、無理があるのかもしれない。  だけど、それしか道は残っていなかったのだ。  ファンタジーを描くには下地を作る能力はなく、SFやアクションを描くには技量が足りない。ギャグなんて、センスのかけらもない。  だから、『恋愛漫画』。  想像だけでどうにかなると思っていた。  男と女が、付かず離れずして、ライバルが現れて、すったもんだをすればいいだけだと思っていた。  現実は甘くなかった。  インターネットが普及し、様々な媒体で様々な作品を見られるようになった昨今、読者の目も肥えてきた。  小手先だけの技術では、勝負出来ないのだ。 「――次も最下位だったら、会議を開く、と」  つまり、打ち切り。  漫画家としての将来も絶たれるかもしれない。  それでも、いい機会かもしれない。夢を捨て、現実に戻れと神様が言っているのかもしれないと、凪は思う。  だけど、咲間は違った。 「僕は、諦めません」  ぽつりと落とされた、力強い言葉に、俯いていた凪は顔を上げる。  強い眼差しに射抜かれ、少女漫画家は思わずハッと息を呑んだ。 「先生を、一番にします。それが、僕の夢なんです」 「……それは、夢に終わりますよ」 「諦めないでください」  ぎゅっと手を握られて、思わず少女は身体を強張らせた。  初めて異性に手を握られた。思っていたよりも大きく、骨ばった手に、どきりと心臓が大きな音を立てる。 「先生の作品には、リアリティがない」 「……そうですね」 「それは、先生が恋愛をしたことがないから」 「……そうですね」 「それなら」  咲間は瞳を輝かせる。  そして、衝撃の一言を落とした。
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