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 雨が降るかもしれない。そう思っているのに、本屋の前を通りぬけようとしたその足が止まったのはでかでかと掲げられているポスターのせいだ。 「…朝宮さんの」  それは出版社の壁に貼られていた目立つポスターと同じものだ。それはそうか。自身の出版者の近くの本屋に本を置かないわけがないよな。 「まだ、間に合うか」  たった一冊の本を買うくらいも時間、雨はもってくれるだろう。確認するように空を一度だけ見上げて小走りに店内へ入り込むと目当ての本はすぐ目の前に平置きされている。  目立つそのポスターに丁寧に書いたと思われる宣伝POP。これが他の人の目に入らないわけがない。きっとこうしてまた彼の本はベストセラーになるのだろうな。 「…すごいな」  俺とは全然違う。  そっと胸の中に浮かび上がる黒い汚い感情に息が詰まりそうな間隔を覚えて慌てて蓋をした。  自身がないのはいつもの事だ。唯一神様からもらったこの特技だって俺よりもすごい人間はたくさんいる。でもその中で俺にしかできないこと、それを俺は未だに探し続けている  漠然と答えが見えるわけもない答えに目を向けず俺は、朝宮さんの本を掴み急ぎ足でレジへと向かった。  ブックカバーはいりませんレシートもいりません。掛けられる質問に慌てて返し、できるだけ早く帰りたかった。きっと疲れているから余計ないことばかりを考えてしまうんだ。帰って一度寝て、また仕事に向かう。この日常の繰り返しでいいんだから。
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