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「え…」
僅かに開いた俺の唇からは、声になっているかわからないほどのぼんやりした音が漏れていく。濡れた前髪の隙間から少しだけ見える驚いた顔は、ずぶ濡れの俺を見下ろしている。
「…すみません、大丈夫ですので」
いい歳こいて傘すら持たず、ずぶ濡れになって屈んでいたら誰だって驚くに決まっている。はっきりと相手の顔は見えないけれど、きっとおかしな人間だと思っているに違いない。できるだけ早くこの場を去って駅まで向かおう。傘も、最寄り駅を降りてからコンビニで買えばいい。屈んだ身体を戻して、立ちあがると微かに驚いたようなそんな声が聞こえた。
「あの、ありがとうございました」
雨にかき消されそうな俺の声がその耳に聞こえているのだろうか。せっかく傘に入れてくれた優しい人の顔もろく見れず、頭を下げて入れてもらった傘から抜けようと一歩足を雨の中へと下げた。ぐちゃりと音を立てて再び雨が染み込んだ靴の感触に、顔を歪めたその時。
「あっちょっと、待ってください」
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