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焦るようなその声が聞こえたのが先か、それとも腕が掴まれたのが先か。掴まれた箇所は腕だけでなく心臓までも掴まれたのではないだろうか。独り痛いほどに心臓が音を立てると、俺の視界は漸く目の前の相手を視界の中へと捕らえた。
刹那、また自分の心臓が痛いほど音を立てていく。何なのだろうこれは。俺の対面するように立っている男の人は俺の手を掴んだまま一度口を開いた。
「えっと、俺の店すぐそこなんです。カフェ。この路地でやっていて。分かりにくいとこにあるんですけれど」
腕から俺の心臓の音が伝わっていないだろうか。突然出会った人間に腕を掴まれて、ましてや今まで感じたこともなかった心臓の痛み。
探している言葉が見つからないのか、男の人はえっと、その。そう口ごもっている。
「あ、あの…」
せめて腕を離してほしい。絞り出した声はそこまで言葉をつづけることはできなかったけれど、相手の男の人が再度俺の目を見るように視線を戻した。
「休んでいきませんか。タオルも貸すので」
「…え」
漏れる疑問の句に男の人の声は重ねられていく。
「店は今、俺しかいないので。傘も持っていないのならこんな雨の中帰るのはよくないです。」
耳から聞こえる声が頭の中でじわりと響いていく。なんかだめだ。ずっと聞いていたいという気持ちになっていく。こんなこと、初めてだ。
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