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顔に張り付いた髪の毛で視界が悪いはずなのに、どうしてかいやにはっきり見える男の人の顔。男の俺がひいてしまうほどに整った顔。それに、なんだろ。なんか、この香りは。
「風邪、ひいちゃいますよ」
この人が声を発するたびに、心臓が独りと音を立てていく。やめてほしい、これ以上は。本当に、熱でもあるんじゃないだろうか。頭の中がぼおっとしている感覚が襲っている。
「来てください」
ああ、コーヒーの香りだ。
答えが出たと同時に俺の腕は再び強く引かれ、俺はバランスを崩しながらも足は路地の方へと向かいだした。
「あ、ちょっと」
踏み出した足は染み込んだ雨を更に靴下へと侵入して、肌に張り付いた服も気持ちが悪い。でもそんなことをもみ消す勢いで俺の心臓の音が耳につく。それに、見える男の人の背中から目を離すことができなくて。掴まれた腕もなんだか熱い。
でもどうして、こんなに心臓が痛いんだ。
「俺、どうしたんだよ」
雨の中掻き消されていく俺の声は聞こえるはずもない、今はそれでいい。降り続ける雨の音で、俺の心臓の音も、声も消してくれればいいんだ。この湿気でむせてしまいそうなこの空気でこの熱を忘れさせてくれればいい。
こんな熱、俺は知らないのに。
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