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少し路地を真っ直ぐに進むと、見えてきた小さな店。白い外観に木の扉。大きな窓からは中に置かれている少しのテーブルが見えた。
「…ここ」
男の人の背中に声を掛けるとこちらを少しだけ振り向いた姿で声が返ってくる。
「…俺の、店です」
「店…」
扉の前まで来て狭い屋根に二人して入ると、男は傘を畳んで二、三度その場で振って水滴を落とした。
「小さい店ですけど、カフェをやってるんです」
扉を少しだけ開けて、俺にどうぞと声を掛けて入る姿に俺も後ろからついて足を踏み入れた。
「タオル確か裏に置いていたよな」
傘立てに傘を入れて小走りにかけていく男の人は、すぐにカウンターの裏へと移動していく。
数秒に一度髪の毛から落とされていく水滴が足元のマットを濡らしていくし、ズボンから染み出た雨が足を伝っていくのが嫌でも感じてしまう。
俺はこんな状態でこの場から動いていいのか、それとも動かない方がいいのかも分からず慣れないお洒落なカフェの中に落ち着かない気持ちで見渡していた。電気も着いていないし、勿論客一人いない。男の言う通り今は一人なのだろう。それとも、まだ営業時間でもないのだろうか。
雨に濡れた身体が妙に重たい気がする。けれども、先ほどの頭の中の熱は少し消えたような気もするな。なんだろう、調子が狂う。いつも前山さんと話をするあの感覚とは別物で、もっと頭の中がくらくらするような。でも、不快に感じない。自分が自分じゃなくなるような感覚。これは、一体。
あまり冴えない頭に、瞼を下ろして大きく呼吸をすると先ほど香ったあの匂いが鼻を掠めた。
先ほど感じたコーヒーの香り。これはこの店のものか。
薄く瞼をあげてカウンターを見ていると、数多くのコーヒーカップと共に、コーヒー豆が入った瓶がいくつも丁寧に並べられている。
そういえば、あの人俺の店って言っていたけれど。見た目からして俺とそこまで年齢は変わらないような気がするけれど何だか、すごいな。
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