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本棚の間を抜ける静寂の中響く足音。ページを捲る規則的な音。古びた本から漂う独特の香り。その空間だけは俺に対して情けをかけるわけでもなく一人になれる場所だった。それは小学校から始まって高校の間変わることはなく俺の日常の一部として生きていた。毎日一冊。どんな本でもよかった。例えば写真集を見てとても綺麗な景色を見て目を閉じれば張り付くのは色づいた景色。ミステリー小説を読んではトリックを主人公と共に探して犯人を見つける。何度も繰り返したその生活の後、俺に残されたのは文字を紡ぐ力だった。そんな大げさな話ではないけれど、そのおかげなのか俺は大学時代にインターネットで見た小説大賞募集の広告に応募して今がある。結果を言うと大賞をとって華々しく小説家デビューですという夢のような話ではなく俺の元へ届いた連絡は今回は残念でしたという知らせ。勿論当時の俺は、俺が書いたものが賞を取るだなんて微塵も考えていなかった
。それに初めてでこんなにうまくいくなら俺の人生はもっと変わったものになっているに決まっているとその手紙をすぐにゴミ箱に投げ入れた。
けれども、手紙が届いた後日。俺の携帯に連絡を入れたのは現在俺を担当している編集者の人間だった。
賞金を与えることはできないけれど、出版をしてみないか。
俺なんかがあり得ない。そうやって開いた口から零れるのは不安の表ればかりで、それを聞いた編集者は盛大に笑っていたのを今でもよく覚えている。そのとき俺が書き綴った文、言葉運び、その全てを編集者は総評し大賞が取れなかった理由も含めて俺の可能性を導きたい。俺には勿体なさすぎる台詞に、どこか泣きたくなったのは今でも忘れることはできない。力がないという事を知らされて、情けないのか嬉しいのか。入り混じった感情にちゃんと言葉を発することができていなかったけれど、俺の始まりはあの瞬間からだ。
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