Ⅳ.春雷

1/63
前へ
/185ページ
次へ

Ⅳ.春雷

高山と宮崎の間に そんなやりとりがあった事など露知らず 真里はその日も定時を少し過ぎた頃 システム部の誰よりも早く退社した。 帰り際、蒼井が自席から こちらを見ていたような気もする。 今日も丸1日、彼とは目も合わせずにいたので 本当にそうだったのか それとも自分の希望的観測なのかは定かではない。 夏至をひと月後に控える今頃は 18時台でもまだまだ明るいはずだが 外に出てみると驚くほど暗かった。 今にも雨を落としそうな黒い雲が 空を覆っているせいだ。 それでも家路につく人や遊びに出かける人などで 街は相変わらず賑わっている。 しかし今の真里の目にはアフター5、いやアフター6の 楽しげな街並も飾り立てられたショーウィンドウも とにかく何もかもが色褪せて映る。 何だかひどく疲れた。 蒼井に対して腹立たしい気持ちがあった 最初のうちはともかく 2日間が過ぎた今となっては 胸いっぱいの苦々しさに押し潰されそうだ。 いつまでこんな子どもじみたことを続けるんだろう? そう自分に問うてみても 気が済むまで、としか答えようがない。 ではどうしたら気が済むのか? 蒼井を責め立てる? 自分の気持ちを話して謝ってもらう? どちらもおかしな話だ。 そもそもそんな権利など今の自分にはない。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加